いま日本では「大切な誰かのために」という言葉がさまざまな場所で連呼されている。ライター・編集者の中川淳一郎さんは「『誰かのために』というフレーズには、一見、親切心やヒューマニティに溢れていそうなニュアンスがある。しかし実態は、個人の自由を奪う、脅しの言葉になっている」という──。 「誰かのため」を乱用する利他的民族・日本人 新型コロナ騒動下で頻繁に使われた単語がある。「誰か」だ。 用法としては「大切な誰かを守る行動を心がけましょう。県をまたぐ移動は控え、マスクを着用しましょう」「あなた自身、そして大切な誰かを守るため、ワクチンの接種をしましょう」「あなたの感染対策が大切な誰かを守ります」といったところか。「大切な人」のほうが出現頻度は高かったが、「誰か」という言葉もそれに負けず劣らず用いられた。 本稿では「『誰か』とは一体、誰だ?」という視点から、現代の日本社会のありようについて共に考えて
![日本中で繰り返される「大切な誰かのために」という言葉は、個人を窒息させる恐怖のフレーズである あなたの人生は、あなたのものである](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/ee87fbfe8b244efd2b0c5efb4b61fce4870444ed/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fpresident.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2F3%2Fd%2F1200wm%2Fimg_3d71fb448345e503caf7bed3867c3476979375.jpg)