ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテルの「世界でも通用するような建物を」の助言から建設され、今年30年を迎えた長野県・八ヶ岳高原に人と建築が自然と触れ合う音楽堂がある。 その建築とは、秩父連峰から富士山をも一望できる八ヶ岳南の東斜面にあるリゾート地・八ヶ岳高原ホテルから歩いて3分程の場所に佇む、私が敬愛する建築家・吉村順三が設計した「八ヶ岳高原音楽堂」である。RC造の柱・梁に支えられた木造の大架構小屋組み屋根と外部に設けれた木製サッシのガラス面が季節の織り成す自然と風景を満喫させてくれる。 この建築物の象徴的な音楽堂の内部空間に光を注ぐ正三角形6面体のトップライトが、樹木の中から飛び出して見える。銅板段葺きで仕上げられた屋根に聳え立つトップライトのガラスを通して外部側とは異なる内部側の木製フレームが透けて見える。
東京メトロ銀座線の外苑前で下車すると、青山通りに面してこのビルは建っている。 外壁をアルミ・カーテン・ウォール(横張り)で覆われた18階建ての高層棟と220席の小ホールを有する低層棟からなる1969年竣工のオフィスビルで、設計は建築家・吉村順三である。均整の取れた外観は新鮮さを失わず、時代も感じさせずに勾配に緩い切妻風の屋根を載せて青山通りに聳え立っている。現在、タワーホールは閉鎖されてインテリアショップとして改修されている。竣工から来年で55年目を迎える事になる「都内では貴重な建物」である。 事務所建築では基準階のレンタブル比が問題になるがこのビルでは86%を超えているから凄いことである。扁平八角形のオフィス空間に裏側にコアとして設備空間を取付けたシンプルな平面構成が大きいのではないだろうか。
古来から日本人にとって馴染みの深い「木」は様々な形で利用されている素材です。建築の素材として柔らかくて暖かい「木」の温もりの存在を忘れられた時期もありましたが、近年の建築を見ると様々な場所で「木」が隠れた存在ではなく表舞台に表現された作品を多々見る事が出来ます。そんな「木」と「建築」を撮り集めた新旧写真や画像を絡め様々な話が出来れば良いと思います。敬称略をご了承下さい。 超高層ビルの先駆けとなった霞が関ビル(1968年竣工)、特許庁舎やアメリカ大使館近くに建つ、日本で最初にダブルスキンシステムが採用された建築であり、吉村順三がオフィスビルとして最初に手掛けた作品である。 外堀通りの赤坂一丁目と特許庁前交差点に面し三方を道路に囲まれた三角形敷地に建つ1962年(昭和37年)完成の鉄骨鉄筋コンクリート造地上8階・地下4階のオフィス・ビルである。2000年(平成12年)に「日本NCR」から「日本
レ-モンド設計事務所はアントニン・レーモンドによって設立されました。彼は日本の建築の発展において多大な影響と功績を残した人物です。私たちは彼の意志を継ぎ、さらに優れた建築設計を目指し、邁進を続けています。ここでは、創業者である彼のプロファイルと足跡をご紹介致します。
「情報の文明学」は、「情報産業」という言葉の名づけ親として知られる梅棹忠夫氏の書籍です。 欲望のメディアの話をしている際に藤代さんに勧められたので買ってみました。 書評抜き読書メモを公開させて頂きます。 40年も前に書かれた論文を中心に構成された本らしいのですが、今読んでもその本質自体は大きく変わっていないことに驚きを感じる本です。 特に個人的には、「一般に、情報産業の提供する商品を、買い手は、その内容をしりもしないで、先に金をだして買うのである」や、「情報氾濫の時代になればなるほど、情報の情報が要求される」というあたりにインターネットにおける情報産業の課題や可能性を改めて感じました。 現在起こっているネットによるメディアのパラダイムシフトの本質を、一度一歩引いて考えてみたいという方には非常に刺激のある本なのではないかと思います。 【読書メモ】 ■ラジオもテレビも放送してしまえばおしまいだ
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