本屋のお仕事。 @kuroi_since1991 書店勤務でコミック担当。そうですオタクです。他にもジャンル掛け持ちで担当しています。主にオススメの本や新刊案内、パブ情報、拡材(特典情報)、書店の仕事についてつぶやいています。本を売るのが生甲斐です。
教職大学院のある院生に、 「先生の鉄板の50冊はなんですか?」と聞かれたので、 今思いつく範囲で、 「岩瀬版 小学校高学年に読んでほしい50冊」を独断と偏見で選んじゃいます。なお、順不同です。 子どもたちに 手にとってほしいなあ。 選書のポイントは、 「実際に子どもの評価が高かった本」にこだわっています。 他にも評価が高かった本も多数あるのですが(ダレンシャンとか)、 「その中でもボクもいいなと思う本」 で選びました。 読んでほしい本、ではなく、「子どもと一緒に読みたい本」です。 読ませる、のではなく、一緒に楽しむんです。 「あこがれにあこがれる」とは教育の原理(by 斎藤孝)。 大人が本を読むことを楽しんでいる姿こそが、本の道へ誘う一番の近道かも知れません。「読みなさい!」は違うよね。 1 モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 作者: ミヒャエルエ
私たちは一線を引いたのではなかった。私たちは怖れを知らないのではなく、力がなかったのだ。壊滅的な破綻を防ごうとして失敗したのだ。 アメリカ史上最大規模となったリーマン・ブラザーズの破産申請を、当時の米国財務長官である本書の著者ティモシー・ガイトナーは、このように振り返る。しかしながら、当時のマスコミの多く、左派の《ニューヨーク・タイムス》から右派の《ウォール・ストリート・ジャーナル》までが、モラル・ハザードを防ぐためにはリーマン破綻は良い選択だと反応した。そして、リーマンを“救わなかった”のではなく“救えなかった”のだという事実や、ガイトナーが何を恐れ、何を望みながら金融危機に立ち向かったのかという背景は、今でも理解されていない。 マスコミの前でしゃべることを好まなかったガイトナーが、危機対応の全容を600頁超の本としてまとめあげたのは、世界規模の金融危機にはどのような規制が有効だったか、
「交通」から見たアジア史。 文明の原動力を、陸塊の形態に還元したマクロ史観の大胆な試みとして、ジャレ・ド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』[レビュー]があるが、宮崎市定『アジア史概説』は、これを「交通」に還元して俯瞰する。西アジアのペルシア・イスラム文明、東アジアの漢文明、その間のインドのサンスクリット文明、そして東端の日本文明───各文明は互いに交通という紐帯によって緊密に結び付けられており、相互に啓発しあい、競争しあい、援助しあいながら発展してきたダイナミズムを、一気に、一冊で読み通すことができる。 あたりまえなのだが、ざっくり歴史を古代/中世/近世と分けるとき、文明は軌を一つにして変遷しない。にもかかわらず、西洋史のスケールに囚われてしまい、アジアの各文明とのタイムラグを見落としてしまう(もちろん、ヨーロッパが最も「遅れて」いた)。現代を“支配”している欧米の価値観で振り返るとき、この
日本神話の最高神にして皇祖神とされている神といえばアマテラスというのが現代では一致する認識だが、原初からアマテラスがその地位にあったわけではない。アマテラスが皇祖神=国家神とされたのは七世紀で、それ以前はタカミムスヒが最高神であった。その転換はなぜ起こったのか?を近年の研究成果をまとめる形で推論を重ねて描き出した一冊。 五~六世紀以前の日本は無文字社会であったから、史料はほとんど残っていない。ゆえにほぼ海外の文献と考古学上の調査から推定していくしかないのだが、そのような中でもほぼ学会で定説となっているのが、この七世紀頃に国家神がタカミムスヒからアマテラスへと転換したというものだ。では、その転換は何故起きたのか、そして何故アマテラスが選ばれたのか?答えは勿論「わからない」である。 その転換に至る古代の政体の変化を、当時の東アジア地域の変化との関係で、論を積み重ねて一定の方向性を指し示そうとし
世界史上、様々な地域でたびたび見られた商業形態の一つに沈黙交易というものがある。 十五世紀ごろ、西アフリカではマリ帝国の商人とニジェール地方の商人との間で以下のような取引が行われていた。 (赤坂憲雄著「異人論序説」P60) サハラからラクダに積んで運ばれてきた岩塩は、マリ帝国にはいると、長蛇の列をなした人々の頭にのせて金の産地まで送られる。ある水のほとりまで来ると、一行は岩塩を一列にならべておき、半日ほど来た道をもどる。金の産地の黒人は船で金を運んできて、交換をのぞむ塩の塊のわきに、それと見合う量の金をおいて姿を消す。塩をおいた側がもどり、そこにある金の量に満足すれば、金をとって去り、あとから金をおいた黒人があらわれて塩をとる。こうして、たがいに接触することも言葉をかわすこともなしに、塩と金との交換が成立したわけである。 あるいは日本でも諸国の峠路の道中に中宿というものがあったと伝えられて
ペリー来航から大政奉還・王政復古・鳥羽伏見に至る江戸幕府解体の過程は長く西南雄藩を中心にしての見方が支配的だったが、1980~90年代以降、幕府朝廷・朝敵諸藩に関する研究が進み、勝者側である薩長中心の王政復古史観に批判が加えられ、より大局的に幕末を考える視点へと研究の主軸が移ってきた。 その中で非常に重視されるようになった幕末の勢力に一橋慶喜・会津松平容保・桑名松平定敬による「一会桑」がある。近年では大河ドラマでも当たり前のように使われているし、概ね一般的になってきているのではないだろうか。近年の主流となりつつある「一会桑」を提唱したのが本書の著者家近良樹教授で、その「一会桑」とやはり再評価されてきた孝明天皇の朝廷の動きを中心に据えて幕末政治史を捉え直したのが本書である。2002年に新書として発売されたものに改訂が加えられて2014年に講談社学術文庫から再発売された。 武力倒幕を目指す西南
ISISによりイスラム教の存在感が日本でも(あまり喜ばしくない意味で)大きく膨らんだ。元々日本人にはなじみの薄かったイスラム教だが、その教義と宗教文化の特徴的な面が大きくクローズアップされ、信仰心を持たないとされる多くの日本人には珍しいものとして受け取られている現状がある。 多くの日本人は、自分が無宗教だと思っているらしい。その一方で、日本人には「日本教」とも言うべき日本固有の独特の宗教観があり、それが日本人のメンタリティを強く規定しているとする指摘もある。 「日本教」という言葉が使われる文脈は主に2つある。一つは、イスラム教などの他宗教に対比される日本固有の宗教的感覚を指す「日本教」、もうひとつは我が国の仕事観における、あたかも宗教のような独特の精神性を揶揄した言葉としての「日本教」だ。 いずれにしろ「日本教」という言葉は山本七平という一人の評論家が作った。山本七平は7、80年代に、主に
本の要約サイトや書評サイトは、忙しい人々にとって本の内容を短時間で理解できる便利なツールです。これらのサイトは、重要な論点を簡潔にまとめてくれるため、読みたい本が時間の制約で読めない場合に特に役立ちます。要約サイトを効率的に使う方法としては、本を購入する前に概要をチェックしたり、読んだことのある本の重要ポイントを確認することが挙げられます。本記事では、特におすすめの要約サイト3選と書評サイト6選を紹介しています。 【はじめに】本の要約サイトの効率的な使いこなし方 本の要約サイトは本を要約してあるので短時間でその本の内容を理解することができます。 ですが、隙間時間にさっと本の要約を見るだけではもったいないです。 要約サイトをご紹介する前に、要約サイトの効率的な使いこなし方をご紹介します。 早くオススメの要約サイトを知りたい場合はこちらをどうぞ \ オススメの要約サイトはこちら 購入する前にじ
メモがてら、これまで読んで解りやすかったり明瞭だと思った統計関連の本をご紹介します。精読はしていないけれどこれは良さそうだ、と思ったのも入れます。適当に分類して、カテゴリーごとに。 私自身も勉強中なので、これいいよ、というのがあれば教えてもらえれば幸い。 ※本の画像→説明文 という配置にしてあります ※上下巻ある場合には上巻のみリンクします 準備 少なくとも、中学生で習うくらいの数学は解っていないといかんともしがたいと思います。で、統計を勉強してみたい、でも数学は中学で挫折した、という私みたいな人間も多いだろうな、と。 方程式のはなし―式をたて解くテクニック 作者: 大村平出版社/メーカー: 日科技連出版社発売日: 1977/09メディア: 単行本購入: 7人 クリック: 281回この商品を含むブログを見る関数のはなし〈上〉 作者: 大村平出版社/メーカー: 日科技連出版社発売日: 201
2011年08月06日 【読書スレ】本を読む人は、 それだけで、選ばれた人たちなのです。 Tweet 1コメント |2011年08月06日 18:00|書籍・読書|Editタグ :書籍紹介 「読書しろ、テレビは窓から投げ捨てろ、大人が読書しないと、子供も読書しない、蛙の子は蛙だ」より 当ブログサイトはアフィリエイト広告、バナー広告を利用しています。 スレタイ:読書しろ、テレビは窓から投げ捨てろ、大人が読書しないと、子供も読書しない、蛙の子は蛙だ26 :(dion軍):11/07/30 18:40 ID:lUCmJEac0 10代で読んでいないと恥ずかしい必読書 プラトン『国家』 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 アクィナス『神学大全』 ベーコン『ノヴム・オルガヌム』 デカルト『省察』 パスカル『パンセ』 スピノザ『エチカ』 ロック『人間悟性論』 バークリー『人知原理論』 カント『純粋理性
ギルガメシュ王の戦いから大陸弾道ミサイルまで、軍事技術の通史。人類が「どのように」戦争をしてきたかを展開し、「なぜ」戦争をするのかの究極要因に至る。本書は非常に野心的な構想に立っている。軍事技術が人間社会の全体に及ぼした影響を論じ、戦争という角度から世界史を書き直そうとする。 最初は大規模な略奪行為だったものから、略奪と税金のトレードオフが働き、組織的暴力が商業化する。戦争という技芸(art of war)を駆使する専門技術者が王侯と請負契約関係を結ぶ。常時補給を必要とする野戦軍を、その経済的作用から「移動する都市」と喝破したのはスゴい。略奪して融かされた金銀地金は市場交換を促進し、従軍商人は日用品から武器まで売りつけていたから。 そして、現代の軍産複合体の前身にあたる軍事・商業複合体が形成され、ライバルとの対抗上、この複合体に依存して商業化された戦争を余儀なくされる。民間から集めた税金で
我々は直接に過去を知ることはできない。 人間の行動や思考が残したさまざまな痕跡を手がかりに、過去を再構成する以外にそれを知る術を持たない。 そのようにして再構成された過去を歴史といい、再編成の手がかりとした痕跡を史料という。 もとより人が残した痕跡は〈書かれたもの〉に限らないが、古文書、古記録をはじめとする文献史料は、長きにわたって史料のなかでとくに優越した地位を占めてきた。 以前は限られた人しか見ることができなかった文献史料が、一部ではあるが歴史資料集として編纂され、刊行物として活字化されることを経て、多くの人が見ることができるようになった。 加えて近年、そうした刊行物はインターネット上で誰でも検索/参照できるようになっている。 以下では、自宅で誰でも(基本的に)無料でアクセス可能な歴史史料を紹介する。 ここで紹介する歴史資料集は、大きく2つに分けることができる。 A.ひとつは各文書・記
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夏休みの宿題の定番といえば「読書感想文」ですね。いざ書こうと思っても、本の選び方や感想文の書き方が分からず、悩んでしまいがちです。今日は小中学生はもちろん、子どもを持つパパやママも知っておきたい「読書感想文を書くコツ」を紹介します。 ■ 原稿用紙の使い方も! 小学生向けのポイント ▽ 読書感想文の書き方|作文クラブ 小学生の通信教育を行っている「Z会」の公式サイトでは、読書感想文の書き方を解説したページを公開しています。「本を選ぶ」「読書メモを作る」「構成を考える」「読み返す」の4つをポイントに、読書感想文の基本をまとめています。原稿用紙の使い方についても明記されているため、初めて読書感想文を書く子どもにもピッタリです。 ■ “感想”は書いちゃダメ? 中学生向けのポイント ▽ ●読書感想文の書き方 中学生向けのこちらのサイトでは、感想文を“生活作文”とし、読書感想文を「登場人物の行動や体験
「本を読まなくても読書感想文が書ける」みたいな話は(「これをコピペしろ」みたいなサイトを含めて)ネット上にいくらも転がっている。 もう少し心ある人に向けて、「ちゃんと本を読んで、いくらかましな感想文が書ける」方法について書く。 なぜ読書感想文は面倒なのか? ところで読書感想文に零点はない。 提出さえすれば、どれだけめちゃくちゃな日本語で書かれていてもリジェクト(突き返)されることはまずない。 落とされるとすれば、他人が書いたものをコピペ(丸写し)した時ぐらいだ。 なんとなれば、多くの読書感想文出題者は、何が読書感想文であり何がそうでないかを線引きできるような定義も持ち合わせず、したがって明確な採点基準をつくることもできず、せいぜいが大雑把な3段階評価(優・良・可)をつけるぐらいが関の山だからだ。 読書感想文は、未だに多くのところで「自由作文」的な丸投げをされている。 何のサジェスチョンもな
「バルバロイ!」それは歴史の闇に葬り去られた者たちの反攻の叫び。 「今日は、死ぬには、いい日だ!」 サウスダコタの歴史に残る「傷ついた膝」(Cankpe Opi)が 占領された時、こう叫ばれた。 しかし、誰が最初に叫んだかは記憶されていない。 1876年6月25日、 ジョージ・アームストロング・カスター将軍に 屈辱的な敗北をもたらしたオグララ・スー族の 「狂った馬」(Ta-shunca-uitco)は、 その1週間前、「薔薇のつぼみ」における戦いで、 馬に乗り突進しながら、同志たちに叫んだ。 ホカヘー! われに続け。 今日は戦うには、いい日だ。 今日は、死ぬには、いい日だ! [注意] このサイトには、古代ギリシア語フォントが使われている場合があります。その際は、"TekniaGreek"フォント、あるいは、"SPIonic"フォントがインストールされていないと、適切に表示されません。"Te
2008年06月30日10:30 カテゴリ書評/画評/品評Love この読後感は錯覚じゃないよね? - 書評 - 学力低下は錯覚である 著者より献本御礼。 学力低下は錯覚である 神永正博 いわゆる学力低下を論じた本の中では最高傑作なのだが、しかしそうここで告げることがなんとも気恥ずかしい一冊でもある。 おこがましいことを承知で申し上げると、著者の芸風が、あまりに私に似ているのだ。 いや、私の芸風が著者にあまりに似ているというべきか。 本書、「学力低下は錯覚である」は、担当する学生たちのあまりの学力不足ぶりにorzとなった著者が、転んでもただで起き上がらずに立ち上がった際に得た奇貨。実は本書を私が知ったのも、Amazonの注文記録という奇貨であった。書評どころか私が本書の存在もしらなかったある日、本書の注文がどさっと入っていたのだ。これは何かあるに違いないと思い、私自身1部注文してしまった。
23歳、公務員です。今度お金を借りようと思っているのですが、それについて少し反対意見ももらっているので、それについてお聞きしたい事があります。 私の今回お金を借りる理由というのが、やむを得ない場合というよりも娯楽目的であるというのが正しい表現となります。娯楽という事ではっきり言ってしまえば、最悪お金を借りないとあっても別に生活が脅かされる事もありません。娯楽というのはあくまで余暇を楽しむ為のものですので、人生まで賭けるほどというわけではありません。 だから、娯楽の為にお金を借りると言うと身の回りの人は多くが反対するので、正直ちょっと迷い始めています…私としては自分で借りて自分で返済していくのだから、別にいいじゃないかというのが本音です。でも周りはそうは思ってくれないし…ここまで反対されるというのなら、止めるべきなのでしょうか?意志が弱い質問となり申し訳ないですが、ご意見をお聞かせ願えるでし
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