ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ(Sarajevo)でAFPの取材を受けるミラ・ヤンコビッチ(Mila Jankovic)さん(2010年11月2日撮影)。(c)AFP/ELVIS BARUKCIC 【11月22日 AFP】セルビア人の女の子として育ったミラ・ヤンコビッチ(Mila Jankovic)さんの人生が一変したのは2008年、17歳のときだった。それまで培ってきた自分のアイデンティティーがすべて誤りだったと知り、死を望んだ。 セルビアの首都ベオグラード(Belgrade)でセルビア人として育ったミラさんは、自分が養女であることは以前から知っていた。そして16歳のとき、養子の多くが経験するように、「自分が誰なのか知りたい」という思いが抑えきれなくなった。 セルビアの社会福祉機関は、DNA鑑定によりミラさんの実の父親を探し当てた。対面したのは、面会できると知らされたほんの数時間
![育ててくれたのは母の仇、ボスニア紛争に翻ろうされた少女](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/5b6c4fcc1fc7c4b23c715fc0cdcd0fa2f34dcc56/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fafpbb.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2Ff%2F9%2F1000x%2Fimg_f92233e5c09410c3b07f1872348af571160266.jpg)