(新潮社・3780円) ◇軽さと苦さ、自在に操る“謎の作家”の探偵小説 LA(ロサンジェルス)を舞台にして私立探偵が活躍する小説は、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウ物をはじめとして数多い。そんな犯罪小説の定番を、あのトマス・ピンチョンが書いたというのだから驚きだ。半信半疑になりながらも、これはぜひ読んでみなくてはという気になる。 そして読んでみれば二度びっくり。LAの私立探偵物というサブジャンルの定型を意識して、ピンチョンの小説としては例外的な読みやすさを提供しつつも、ピンチョン小説としか言いようのないヒップな作品に仕上がっていたのだから。『メイスン&ディクスン』と『逆光』という二冊の超大作の後に、身構える読者を脱力させるようなこうした軽い(もちろん、ピンチョンにしては軽いという意味である)作品を発表してしまうところが、シリアスさとズッコケぶりを自由自在に織り交ぜる、いかにも