蓮實重彥さんの短期集中連載時評「些事にこだわり」第7回を「ちくま」5月号より転載します。2022年3月、北米の一角のお祭り騒ぎと無縁に起こってしまった真の映画史的損失について――。 一応は大スターと呼んでおこうウィル・スミスさん――新聞の表記に従う――によるさるコメディアンの顔面平手打ち事件で記憶されることになりそうな今年のアカデミー賞授賞式だが、それ以前から令和日本のマスメディアはかなりの盛りあがりを見せていた。それは濱口竜介監督の名前が複数の部門に候補として挙げられていたからにほかなるまいが、いったんノミネートされたからには貰っちゃうにこしたことはないのだから、『ドライブ・マイ・カー』(二〇二一)で「国際長編映画賞」を手にして、お前さんがオスカーかよとつぶやいた濱口監督にとって、それはひとまず目出度いことだったといってよかろうと思う。 おかげで、日本国の某官房長官までがしゃしゃり出て、