編集元:ガイドライン板「346 名前:水先案名無い人 投稿日:2009/05/06(水) 23:18:58 ID:iCTS8vcw0」より 215 それも名無しだ : 2009/05/06(水) 16:52:32 ID:cyEbERCB
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http://anond.hatelabo.jp/20090505184745 非喫煙者はおれらがタバコ吸うのはニコチン依存だと思ってるでしょ? 今から3日ほどタバコ吸うのやめてください。そうすれば依存でないと認めてあげます。 つーか、俺の同僚もこういう言い訳をしつつ夭折したんだよな。30余で。自分さえ煙を吸わされなければいいという嫌煙者も、はてなの嫌煙者怖いだの行きすぎだの極論だの言ってる人たちも(いわゆる自称中立ってやつじゃねーのそれ?)、タバコの問題が命の問題だと気づくのはいつなんですかね。タバコで死ぬのは普通ある程度歳が行ってからだから、20代30代だと実感が沸かない? かくいう俺がそうだったから、あまり強くは言えないんだけどね。喫煙者に理解のある「大人な」非喫煙者として振舞ってたんですよ。波風を立てないように。社会人としてね。 だけどその態度は間違いだった。俺のやってたことは、自
初の定例記者会見に臨んだ河村たかし市長。背後の垂れ幕2本は暫定で、会見用に大型の看板を作成中という=名古屋市役所 名古屋市の河村たかし市長は7日、初の定例記者会見に臨んだ。座ったままだった前市長とは異なり、会見台を設け、立ったまま会見に臨むというスタイル。会見後の訪問日程もすべて公開にするなど、この日も「河村流」を貫いた。 午前10時半 月2回だった定例会見を毎週開くほか、定例以外でも積極的に会見を開く方針を明らかにした。 就任10日目の感想を聞かれ、「まだまだ体は元気。記者さんが困るぐらいに活躍したい」と返した。東山動植物園のモノレールの車輪が落下した4日の事故の報告が遅れたことについて、「事実が起きた時点で教えてもらいたい」と苦言も呈した。 午前11時半 岐阜県多治見市の古川雅典市長の訪問を受ける。 多治見市の愛岐処分場に名古屋のごみを受け入れてもらっており、古川市長から「ぜ
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
この渋滞回避術、どうも釈然としない。 ・「渋滞学」の権威、西成活裕東大教授が伝授! 目からウロコの“究極”の渋滞回避術 「これで渋滞が回避できる」というよりは「これができるような状況を渋滞とはいわない」といった方がしっくりくる。が、それでは反論になっていない。つらつらと考えるに、これは木を見て森を見ずの類ではないかという気がしてきた。軽度の自然渋滞なら、ある程度、件の回避術でマシになるのかもしれないとは思う。けれども、たとえばゴールデンウィークのあの惨状が、これくらいのことで解消されていたとはとても思えないのである。理由は簡単だ。車が多すぎるからである。何を当たり前なことを、といいたい気持ちは分かる。分かるけれども、少しだけ待って欲しい。 説得力の道具といえば数字である。仕方がないから、文系ひと筋のぼくがあえて計算してみる。木ではなく森を見る計算である。ここに全長100kmの高速道路がある
西尾幹二のインターネット日録 バージョンアップならびにアドレス変更のお知らせ 皆さまにおかれましては、長らくご利用いただきましてまことにありがとうございます。 さてインターネット技術の進歩は著しく、便利になると同時に危険もございます。 そのためソフトウェアのバージョンアップをおこない、また通信の暗号化をおこなうことといたました。 新しいアドレス(URL)は下記の通りでございます。 https://ssl.nishiokanji.jp/blog クリックして新しい日録へ移動していただきますよう、お願い申し上げます。 お見苦しい点もあると思いますが、コメントご指摘いただきますれば幸いです。 ちなみにコメント投稿の際には、半角の数字を入れていただくことになりました。 これも安全策の一つでして、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。 平成28年2月28日 管理人敬白
> 原作:築地俊彦 > 原作イラスト:せんむ > 監督:黒田やすひろ > シリーズ構成:ふでやすかずゆき > キャラクターデザイン:藤田まり子 > アニメーション制作:ノーマッド > 製作:けんぷファー製作委員会 今月のアニメ誌早売り情報より。
編集元:ニュース速報板より「大衆「ブルジョアに増税しろ!!!」 → 増税 → ブルジョア「レーニンかよ、こんな国出て行くわ」」 1 シロバナタンポポ(dion軍) :2009/05/07(木) 12:17:12.21 ID:2LTMNrzj ?PLT(12150) ポイント特典 富裕層増税「もうウンザリ」 英国脱出決めるバンカーら ヘッジファンドのトレーダーでロンドン暮らし約20年のデメトリス・エフスタシウ氏(38)は、英国を去ることに決めた。ダーリング英財務相が高額所得者対象の増税策を明らかにしたからだ。 キプロス出身で1990年にロンドンに移った同氏は「もはや、ここにとどまる理由はない。今回の増税にはもう我慢できない。英政府は金融街シティーへの関心がなくなったようだ」と語る。 ≪まるでレーニン≫ ブラウン英首相は15万ポンド(約2240万円)を超える所得を対象に、40%から
大腸の内視鏡検査を受けていた20代の女性の性器に内視鏡を入れたとして、警視庁捜査1課は強制わいせつの疑いで、東京都板橋区小豆沢、外科医師、堀江良彰容疑者(53)を逮捕した。同課によると、堀江容疑者は「手元が狂った」と犯意を否認している。 同課の調べによると、堀江容疑者は平成16年5月28日、勤務先だった豊島区長崎の病院で、大腸の内視鏡検査を受けていた当時20代だった都内の女性の性器に内視鏡を入れるなどわいせつな行為をした疑いが持たれている。 同課によると、堀江容疑者は立ち会っていた看護師が目を離した間に、わいせつな行為をした。その場で女性から抗議を受け、「手元が狂った」などと説明していた。女性は今月28日午前0時に時効を迎えることを考え、今年2月に被害届を出した。
例えば音楽で世界を変えようとすることは、愚かなことだろうか。「愛と平和」と叫んで暴力を止めようとすることは、馬鹿げているだろうか。本気で世界を変えようとしている人は馬鹿と呼ばれても別に何も思わないだろうが、実際のところ馬鹿でもなんでもない。確かに、争いの無い世界を皆で想像すれば争いを無くすことができると考えるのは、社会科学的観点からして認められない見解である。けれども、そう考えることは間違いでも、それを実行しようとすることは社会科学と相容れないわけではない。 もちろん、音楽では世界を変えることはできない。そんなことは、いい大人なら誰でも薄々解っていることだ。でも、世の中には歌う人がいる。音楽に限らず、人に世界を変えることは不可能である。それでも、人はそれをしようとする。そして、それは決して愚かな行為ではない。 なぜか。世界を変えることはできないと解っていて、それでもなお変えようとすることが
私の勤務している学科では、学生の就職意識を高める一貫として社会人の方にいろいろとお話してもらう講義を設けている。毎回、地元の中小企業の社長さんや役職持ちの方に来てもらい多少の会社宣伝込みでお話してもらっている。講義の最後のお決まりは「会社が求める人材」というトピックで終わるのだけれども、ここでいつも言われるのが「人脈」の重要性。で、計算機科学・情報工学系に進学する人は比較的人付き合いが苦手という人が多いのでこの「人脈」という言葉にちょっと恐れをいだくみたい。 私も正直「人脈って言われても、そんなに友達多くないしなぁ。あと、友達にもそんなディープなお願い事はできないよなぁ。迷惑になるし」と思っていた。でも、何人かの企業の方の話を聞いて、博士ネットワーク・ミーティング@つくばのグループディスカッション中にサイコムの富田さんがおっしゃっていたことを思い出した。 「企業が求めているのは問題を解決で
大学1年のときからつきあっていた4つ上の元彼が忘れられない。運命の人というのか、呼吸するタイミングが一緒というか、とにかく波長の合う人だった。友達の延長線上にいるような人で、死ぬほど愛している!!というような熱い感情はなかったけれど、でもこういう愛の形があるんだなあと初めて思った人だった。家族愛というか、そんなかんじの愛。お互いそう思っていた、と言うと自惚れだとか言われるかもしれないけど、そういことを疑う余地がないくらい何もかも合う人だった。なんだろう、バイオリズムというか、生きてるリズムが合うというか、魂が合うというか、まあそれは大げさだけど、でも恋人というよりはソウルメイトというのが本当にふさわしい、自分にとっては空気みたいな人だった。別に改まってそこに居てもらう必要はないんだけど、でもいないと生きて行けない人。 でもあることがきっかけで私は留学する道を選ぶことになった。このままずっと
最近、ベビーカーを使う人が多い。 私が子供の頃は、ベビーカーがそれほど普及していなくて、いつも母親におんぶされていた記憶しかない。 母親の背中はとても安心できて居心地のいい場所だった。 決して上質ではない化粧品の臭いも今思えば、幼少の自分には安心できる臭いだったと思う。 はっきりとは覚えていないが、母親の耳元で他愛の無いことを言っていたと思う。 親にしてみれば鬱陶しいことこの上ないこんなクソガキでも愛情込めて育ててくれたんだと、今更ながらに理解する。 野生の動物で、群れの中で子供が先頭を行くことは絶対にない。 必ず子供を守るように群れは形成され、ほとんどの動物の群れの先頭は群れの長である。 彼らは、学校で教わったわけでもなく本能的にそうしているのだ。 親は何かあったとき子供を守らなければならず、子供を先頭にした場合、前方からの脅威に対して守ることはできないから当然といえば当然である。 ベビ
ジャーナリストとやらが、アンチ・ワクチンにいかに洗脳されているか、今までも取り上げてきた木村太郎談「はしかで死ぬ人よりもワクチンで死ぬ人が多い」 2008年 02月 25日 はしか:”現状は世界の恥” : 日本の世相・メディアによる健康被害の実例 2007年 05月 09日 彼らの無知?あるいは、商売上の反ワクチン的言動による社会的損失は計り知れないものがある。 “ワクチン拒否は個人の疾病リスクを増加させるだけでなく、社会全体のリスクを増加させてしまう。 ワクチンによる予防効果の結果、いくつかの疾患が減少した結果、大衆の記憶が薄れ、特定の患者のワクチンリスクに関心が移り、リスク・ベネフィットが、ワクチンリスク偏重となる。” 日本における、反ワクチングループと大多数のマスコミ、それらに影響された司法判断のにより、“ワクチン接種禍”騒動・・・真犯人はもちろん長期的観点や一時の感情的バッシングに
小学校のころ、私は四則演算が学校で一番速く出来た。そんな私だが、実は九九はほとんど覚えていなかった。 掛け算や割り算を速く行なうのに必要なのは九九じゃないことを私は知っていたからだ。 簡単な例を出そう。あなたは、40÷6をどうやって計算するだろうか? 九九を持ち出してきて、「6×8 = 48 あれ、大きすぎたか。6×7 = 42、ありゃ、まだ大きいか。6×6 = 36。おお、40より小さくなった。40-36 = 4だから、6余り4が答え!」なんてやらないだろうか。これは凄く無駄な作業だ。どう考えてもやり方がおかしい。 ここで必要なのは、九九ではなく、36〜41は、6で割ったら商は6という知識である。「余り」もセットにして覚えてあるとなお良い。 「÷6」をするとき、割られる数が60以上であることは考えなくて良い。また、もう少し一般化して言えば、「÷N」するときは、割られる数がN*10以上であ
必要悪があるんだったら、不必要善もあるんじゃないか。ということで考えてみる。 まず必要悪だけれど、これは、最悪を防ぐための悪だということになる。その役割は、善を引き立たせたり、悪に対するワクチンであったりする。必要悪をおくことによって善を成り立たせ、善悪の世界そのものが致命的に破壊されることを防ぐという、そういうものだろう。つまりここでの「必要」は、いま成り立っている世界自体を壊さないという意味だ。世界自体が継続するかどうかということを問題にしている。もっというと、善悪ということと、世界の継続性というのは別問題ということかもしれない。 それで不必要善はなにかということだけれど、これは必要悪の対極となる内容だ。さっきの「必要」の定義から考えると、「不必要」というのは成り立っている世界そのものを破壊してしまうということである。世界そのものを破壊してしまう善とはなにか。それは絶対善、すなわち無条
タイトルにあるように今14歳の少女と付き合っています。 自分は25歳の男です。 お店を何件か経営していまして、そこに彼女が13歳の 時から買いに来るようになって知り合いました。 ハーフなので店に来た時から目立っていました。 背が高いので13歳なんて思いもせず、気軽に話しかけて接客している うちに親しくなって、気づいた時には本気で好きになっていました。 後で年齢を聞いて、かなりびっくりしました。大学生位だと思っていたので・・・。 そんな感じで付き合いが始まって、向こうの親に反対されるかも とか心配もありましたが、母子家庭でしかもお母さんがとても優しくて、 二人の付き合いを暖かく見守ってくれてる感じです。 ちなみに性的な関係はありません。デート行ったり、うちでまったりする位の付き合いです。 ただ、彼女との関係で根本的な悩みがありまして、 正直どう接していいのかがわからないと言う事です。 彼女は
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20090506/p1 いやそれ『プシュケの涙』だけじゃね? 『ぜふぁがるど!』とか全然そういう構図ないぜ。 で、『お稲荷さま。』。 流れていく時間の中で兄弟の母親が死んだインパクトを後生大事に、それこそ、永遠の時間感覚の中で抱え込んでいるのはクーちゃんだけであって、みんなそれなりに、コンビニの売り上げとか好きな男の子のこととかばっか気にして日々をのほほんと過ごしている、というのが『我が家のお稲荷さま。』じゃない。そういう意味ではイーガンの「ボーダーガード」みたいな話だよ、『我が家のお稲荷さま。』って。 三槌家の当主であることや大妖怪天狐空幻が側にいることのほうが結局は高上兄弟のもとに怪異を呼び込む原因となっているわけだけれど、それを全て母親の死に起因する、と称してしまうのは不可能ではないにしろ牽強付会だろう。美夜子のことなんてや
柴村仁が嫌いである。 いやまあ、本人は「会えばいい人」なのかもしれないが、彼女の書いたものはことごとく嫌いなものが多い。 ぼくが読んだ限りにおいて、彼女の小説のスタイルについては次のような印象を持っている。つまり誰かが死んだこと、または何かが失われたことがまず強烈なインパクトとして存在していて、その事実を中心に物語が回っていく*1。『プシュケの涙』がまさに典型的だが、『我が家のお稲荷様』もそうで、あの話の構造は要するに死んだ母親の縁で胡散臭い奴らがわらわらやってきて、死んだ母親の話をして帰っていくというものだろう。死んだ母親が物語の中心にあって、ことあるごとに母親が死んでいるということが思い出さされるのだ。 それで、なぜそういった喪失を中心とした物語(くーきょなちゅうしん、とか言いたければ言えばいい)が嫌いかというと、そうした物語はたいてい「見下ろす視線」というものを構造として保有している
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