画:ぼそっと池井多 with Adobe Photoshop 文・ぼそっと池井多 ・・・第2回からのつづき www.hikipos.info 「生きづらさ」と無差別殺傷事件 このシリーズの前回、第2回は「生きづらさ」という日本語ができた1981年から、就職氷河期が到来した1993年までの「生きづらさ」の内容を比較してみた。1980年代の「生きづらさ」は、こんにちの「生きづらさ」とはある意味、反対の内容であった。 今回は1981年以前の「生きづらさ」へ筆を進めるに当たって、無差別殺傷事件という視点を導入してみたいと思う。 なぜ無差別殺傷事件なのか。 それは私が、「このような犯罪は加害者の内部に蓄積された『生きづらさ』が爆発して発生する」と考えているからである。 このような私の捉え方は、 「無差別殺傷犯を起こすような者は、もともと精神を病んだ狂気の人間だったのだ」 という考え方とは立場を異にす
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