国家を人格的に表現したり、また、会社(法人 すでに法人って擬制している法制度自体が)を人として扱う時点で何か、変だな、って思います。デヴィド・ハーヴェイやチョムスキーもそう指摘しています。法人と個人を同じ人と扱うおかしさ、みたいなこと自体。王様の耳はロバの耳ではないですけど、「法人は人ではないですよ~」と言ってしまっていいのではないでしょうかってことです。 国家間の戦争も、「個人の喧嘩」じゃないし、戦争の「動機」も「国家の感情」なんてものではありません。あくまで資本・政府の「利害」です。 「我が国は」とか、「我が社は」ということを、国民や従業員が口にするのは、ちょっと違うのではないか、と思うのです。 正確には「私が属する国家の政府は」とか、「私が雇用されている会社では」ということであり、何度も何度も確認するとおり、国家と私、会社と私は、利害は基本的に対立しているのです。 その対立をごまかす