タグ

ブックマーク / medt00lz.s59.xrea.com (1,033)

  • 新しい技術をものにする - レジデント初期研修用資料

    Google へのハッキングが中国軍幹部の指示で行われた」というニュースが、個人的には最近けっこう驚いた。 軍隊の上層部なんて、どの国を眺めたところで、頭の固い老人ばかり、ましてや中国なんて、と高をくくっていたら、中国軍の幹部は、「ハッキング」という新しい技術を、一応使いこなしていたわけだから。 やってみないと分からない 日ならばじゃあどうなのか、たとえば今の政治家の人たちに、「我が国の○○というスーパーハッカーなら、 ペンタゴンに仕掛けたバックドアからいつでも侵入できます」なんて報告を受けて、じゃあそのすごい技術を前にして、 一体どんな指示が飛ばせるものなのか、恐らくは何もできないんじゃないかと思う。 実際に自分で使ってみない限りは、その技術のすごさというものは、理解できないし、ましてや使いこなすことなんて難しい。 それはIT技術に限らず、大昔の刀と槍の時代、戦争がこれから起きて

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • HT-03A にCyanogenMod を導入する - レジデント初期研修用資料

    常用している携帯電話にHyper-JというカスタムROMを導入 してから、今までにやったことのメモ。 公開されているROM をいくつか試してみて、現在はCyanogenMod というカスタムROM になっている。 ROMの増量 「Radio とhboot を書き換えることで、メモリを増やすことができる」という話題に乗っかって、試してみた。 Android Custom Cookbook の記載を読むと、hboot 、またはSPLというのはPCで言うところのBIOS に相当して、radio は無線担当のアプリケーションで、起動後最初に読み込まれる。 互換性のない hboot とradio とを組み合わせると、最悪の場合起動しなくなる。 手元の携帯電話は、すでにSPLの変更 を 行っていたから、この時点でのSPL はEngineering SPL 1.33.2005 、radio は純正の

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 電線に意識が宿る - レジデント初期研修用資料

    スマートホンを持ち歩くようになってから考えたこと。自分なんかはむしろようやく追いついた側で、 携帯電話を使いこなしている人たちは、もっとずっと先を行っているのではないかと思う。 道具の境界がなくなった ちょっと前までだったら、原稿を書くときにはこの道具、大切な連絡をするときにはこの道具といったように、 同じPCを介した作業であっても、道具を使い分けていた。 スマートホンを持ち歩くようになってから、こうした道具の境界というものが曖昧になって、全てはチャットの延長のようなものへと収斂しつつあるような気がする。 今はたとえば、印刷原稿はTeX で書いて、それをSubversion 経由で出版社にアップロードする。出版社のサーバーが原稿を受け取ると、 それが自動的にメール配信されて、編集者が原稿を手直しすると、訂正箇所の差分ファイルが、またSubversion 経由で送られてくる。 通信メディアは

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 面白いものと売れるもの - レジデント初期研修用資料

    誰かに「これは面白い」という評価をいただいて、それを「売るもの」へと手直ししているときには、 誰もがたぶん、どこかで「面白さを削る」ような気分を味わうんじゃないかと思う。 「お金が取れるぐらいに面白いもの」と、実際に「売られているもの」との間には深い断絶があって、それを超えるのはなかなか難しい。 スマートホンの話 このところずっと Android 携帯で遊んでいて、今さらながらこれが面白い。 HT-03A は、ほとんど毎日のように何らかのROMが更新されていて、自分なんかは正直、 XDA developper で交わされている内容の1割も理解できていないんだけれど、いろんな国の人たちが、 新しいROMを発表してみたり、「俺の作ったbootimage を見てくれ」なんてフォーラムを立ち上げて、 名乗りを挙げた人柱が見事に玉砕してみたり、ログを追いかけているだけで、 なんだか自分が詳しい人間に

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 土俵をずらす戦略 - レジデント初期研修用資料

    たとえば大量の戦車や火砲で攻めてくる大軍相手に、物量で劣った側が、より強力な対戦車兵器で応戦を試みても、 物量に押しつぶされて、敗北を避けるのは難しい。 物量で勝てない敵を相手にして、相手の土俵で勝負してしまうと、戦況は間違いなく泥沼化する。 こんな状況で戦うときには、まずは「相手の土俵」を見定めて、「そこでない場所」で全力を尽くせるような状況を考えないといけなくて、 相手が「戦車」であるときには、そこは「地下」なんだという。 まずは穴を掘る 戦車が武器として成立する条件は厳しくて、戦車はたしかに協力だけれど、スピードは遅いし、視界は極端に悪い。 見えない場所から近寄る手段があるのなら、ちょっと大きな地雷を一つ放るだけで、たいていの戦車は動けなくなるし、 壊れた戦車を内側から直すことはできないから、その時点でもう、武器としての戦車は、その意味を失ってしまう。 戦車を運用するときには、だから

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 「ちゃんと」のコスト - レジデント初期研修用資料

    何かものを作るときには、「シンプルなやりかた」と「複雑なやりかた」とが選べることがあって、 「ちゃんとやれば」同じ結果がシンプルに達成できるやりかたを選んでしまうと、「ちゃんと」のコストが、 構造の複雑さを上回ってしまうことがある。 「単純な機能を達成するために単純な構造を採用する」ことは、基的には正義なのだろうけれど、 単純な構造とトレードオフになっているものが何なのかを見極める必要があって、 それが「精密な加工技術」だとか「名人芸的な設計技術」であった場合、その考えかたに乗っかると失敗してしまう。 機関銃 機関銃には、銃弾の反動を利用した「ショートリコイル方式」と、火薬のガスを利用した「ガスオペレーション」方式とがあって、ショートリコイル方式のほうが部品点数が少ない。 マキシムの機関銃だとか、ブローニングの軽機関銃はショートリコイル方式で、この構造は比較的単純なのだけれど、 ショート

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • HT-03A 備忘録 - レジデント初期研修用資料

    普段は HT-03A というAndroid 携帯電話を常用していて、機能的にはこれで十分ではあったのだけれど、動作速度に不満があった。 電話をかけようとして、ホーム画面から電話を立ち上げるのにも数秒かかるし、たとえばメールを出したりネットを見たり、 何かのアプリケーションを立ち上げて、それが終了してからホーム画面に戻るのに10秒以上かかったり、 医局にあるいろんなスマートホンと比較して、この速度はちょっと我慢できなかった。 「ROM を入れ替えると快適になる」 という評判をあちこちで聞いて、同時に「失敗すると電話が一切使えなる」という警告に怯えて、 「Hyper-J 」という、安定しているという評判のカスタムROM を入れたのだけれど、使い勝手がずいぶん快適になった。 新しいスマートホンにはさすがにかなわないけれど、これなら十分に常用できて、当分は買い換えないでこのまま行こうと思えた。 懸

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 正直の向こう側 - レジデント初期研修用資料

    「正直のありよう」というものは、語る側と調べる側とで、意味するところが全く異なってくる。 独りよがりな「正直」を貫くと、「相手は自分の意見を全く聞き入れてくれなかった」と絶望することになるし、 「お互い正直ベースで生きましょう」と親しげに声をかけてみせることが、相手の脆弱性を突く手段にもなってくる。 正直の意味には幅がある 漠然と「いい人」であるための正直というありかたと、脆弱性対策としての正直とは、同じ単語でも、意味が全然違違ってくる。 取り調べを受ける立場になった人たちが、前者の「正直」を貫こうとすると大変なことになる。 訴訟に巻き込まれたり、刑事事件の取り調べを受けた人のインタビューでは、「自分たちの意見を全く聞き入れてくれなかった」とか、 「事実のごく一部だけしか取りあげてもらえなかった」といった感想が、しばしば語られる。 あれは恐らく、調べる側が「事実をあえて無視した」わけではな

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 事実と見解について - レジデント初期研修用資料

    事実と見解、状況のコントロール、その周辺の言葉について。 見解の一致は目標にならない ある事実があって、お互いがそれを共有した上で、その事実に対する見解を持つ、この状態が、コミュニケーションが目指すゴールになる。 事実が「これ」と定まったところで、立場や目的が異なっていれば、見解は一致しないことが当然であって、見解の一致をみた状態というものは、 交渉が成功した状態というよりも、むしろ偶然に生じた例外的な状態なのだと思う。 見解が一致したほうが、もちろん合意を形成しやすいけれど、異なる見解を強引に一致させようと思ったならば、相手を「説得」する必要がある。 説得というものは、見かたを変えればどうしても虚偽と受け取られてしまう可能性があって、病院のような、お互いの間合いが近い、 何度でも交渉をやり直す機会が得られるような場所では、「説得」はいい結果を生まない。 状況のコントロールとは何か 状況の

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • ジェットコースターのパラドックス - レジデント初期研修用資料

    もしかしたらパラドックスでも何でもなくて、「こうだよ」という、当然の説明があるのかもしれないのだけれど。 恐怖の使いかたについて。 ジェットコースターの怖さ ジェットコースターのコースは怖いから、あえて恐怖を楽しみたい人たちがあれに乗る。 ジェットコースターのレールは、それでも上手く作られていて、乗客に恐怖を提供しつつ、理屈の上では絶対に脱線しないような構造になっている。 「脱線しない」という前提があったときに、恐怖が増すと、あの乗り物の楽しみかたが、より多彩になる。 ジェットコースターがより「怖く」なるほどに、叫ぶ人、あえて手を離してみせる人、しがみつく人、ジェットコースターの上であえて暴れてみせる人、 恐怖の表現だとか、楽しみかたに様々な個性が生まれて、状況は多彩へと発散していく。 一方で、たとえばジェットコースターの一番高い場所に、あえて平坦な、水平な一道を用意して、そこだけ「安全

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • コンセプトについて - レジデント初期研修用資料

    Recent Entries コンセプトについて 経験は「どう」に集まる メディア化とロボット化 失敗を生かすということ 人型ロボには意義がある チームワークについて 見解の否定と見解の相違 泳ぎかたと溺れかた 通過儀礼が事後的に合理化する 日用品がプラットフォームになる Recent Comments このは何でないのか 12/31 medtoolz 12/30 薬屋支店総務 12/30 愛読者 12/30 エリヤフ先生 12/29 medtoolz 12/29 元傍観者 12/29 medtoolz 12/29 エリヤフ先生 12/29 medtoolz 案外やっていけるお店のこと 12/30 kaka Recent Trackbacks 経験は「どう」に集まる 10/15 読んだものまとめブログ 10/14 Tweets that mention ... メディア化とロボット化 1

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • メディア化とロボット化 - レジデント初期研修用資料

    TRIZ の考えかたには、「技術進化には方向性がある」という考えかたがあって、「一般化」と「微細化」、「不可視化」というものが、 代表として挙げられていた。どんな技術であっても、こちらの方向に進化していくことで、人間の振るまいが勝手に進化して、 人が幸福になるような方向に変わっていくのだと。 こうした考えかたは、ずっと正しいと信じていたのだけれど、最近はむしろ、「メディア化」と「ロボット化」という流れが、 これから来るんじゃないかと考えてる。 メディア化 たとえば車というものは、あれは「人が移動する」という来の機能に、「その場所の情報を提供する」という機能を加えることで、メディア化できる。 視界がえらく賑やかになるし、見せかたを間違えると事故になるけれど、今走っている場所がどういうところなのか、 その近所にはどういうお店があるのか、ディスプレイにそれが刻一刻と表示されることで、移動という

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 人型ロボには意義がある - レジデント初期研修用資料

    人型ロボットというものは、リアルを追求したSF世界では、しばしば無意味の象徴として描かれるけれど、 ロボットが安価になった未来においては、むしろ人型であることの利点というものが、人型の欠点を上回ることになるのだと思う。 ロボットコンテストのこと 今年のロボットコンテストでは、「ブロックをピラミッドに積む」という課題が競われて、中国のチームが圧勝したのだという。 ブロックを積み上げるという課題に対して、他の参加チームはみんな、自由に動かせる車台に、 操作できるアームを積んだようなロボットを提案したけれど、中国チームが作ったロボットは、 移動可能なロボットと言うよりも、むしろ精密な投石機のようなものだったのだと。 ルールブックに書かれていることを良く読んで、様々なやりかたを競わせて、試行錯誤を重ねた結果として、 優れた成績を上げた中国チームのすばらしさは疑いようがないけれど、ロボットにそこまで

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 見解の否定と見解の相違 - レジデント初期研修用資料

    同じ意見の対立であっても、相手の見解を否定することと、相手との「見解の相違」を表明することでは、 意味あいが全く異なってくる。 危機管理の側面からは、衝突は、常に「見解の相違」を取ることが望ましくて、恐らくは、 ある事例に対して、自らの見解を持って臨める人というのは、そんなに多くない。 事実と見解を分離する 患者さんとのトラブル事例において、「ご家族の見解が病院側に一方的に否定された」り、あるいは逆に、 「病院側の見解が、あたかも全ての事実であるかのように伝えられた」ことが、原因の根になっているのだと思う。 その時実際に起きたことと、その時お互いが感じたこと、「事実」と「見解」というものは、交渉の席に、 一緒に並べられないと、恐らくはトラブルを生む。 訴訟になるような事例では、ご家族はしばしば、「事実が知りたい」というコメントを発信する。 事実というのはしばしば、「ご家族がそう思いたかっ

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 泳ぎかたと溺れかた - レジデント初期研修用資料

    当に溺れている人は、溺れているというよりも、むしろ静かに沈んでいく ものなんだという。 それを体験したことのない人が「こうだろう」と想像したことと、実際それに遭遇したときに起きることは しばしば異なっていて、見張る側は、もちろんそれに気をつけたり、実際に起きることに即した対策を 行わないといけないのだけれど、「溺れる側」の人は、泳ぎを習うその前に、「正しい溺れかた」の 講習を受けてもいいんじゃないのかなとも思った。 泳ぎかたと溺れかた 高校の体育の授業では、柔道とラグビー、スキーについては、それぞれ受け身のやりかたや、タックルをもらったときの転びかた、 スキーを履いた状態での転びかたを、まず真っ先に習った記憶がある。小学校の頃、近所にスイミングスクールがあって、 泳げなかったから、一時期通ったのだけれど、「溺れかた」というものは、習わなかったんじゃないかと思う。 運転免許を取ったばかりの

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 柔軟さのコスト - レジデント初期研修用資料

    診療というものも交渉の一形態であって、交渉ごとに、自分が「縦深」というものを利用できるようになったのは、 まだまだ最近のことのような気がする。 縦深を利用した、柔軟な対応を行えるようになると、外来でのトラブルが減る。幸いに、まだそうなったことはないのだけれど、 何か医療事故が起きたときに、身内の人に状況を説明するときなんかでも、最初から「妥協の余地」みたいなものを前提に 話しあいができるのならば、状況は恐らく、ずいぶん楽になる。 外来の考えかた 研修医を終えて数年間は、外来という場所を、一の線のようなものだと考えていた。 その線は死守すべきラインであって、そこを破られることを、どこかで「負け」だと認識していた。 「何とか外来で頑張ってみましょう」なんて言葉は、当時の自分たちはよく使っていたし、今でもいろんな近隣施設で、 「外来で頑張った」結果として、その施設からうちに来ました、という患者

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 謝罪というもののありかた - レジデント初期研修用資料

    Sorry Works という、米国医療の「謝罪」の教科書からの抜き書き。 日だとこう、謝罪というものが誠意の文脈で記述されることが多くて、個人的にはそういう立ち位置には違和感があったのだけれど、このが取りあげている謝罪というものは、けっこう実際的だった。 以下引用。 多くの人々が、謝罪するということと、責任を認めるということとを同一視してきた。両者は全く異なる考えかた 事実関係が明らかになっていない段階では、「全ては私の責任です」と口にしてはいけない。取り返しがつかなくなる 最初の段階では、たとえば「合併症について申し訳なく思います。何がおきたのか説明させて下さい」とか、「あなたの被った被害について申し訳なく思います。どうしてこういう事態になったのか、もう少し調べさせて下さい」と、謝意のみ表明して、責任の話題は出してはいけない 謝罪は2つの深度に分けて行う。最初の謝罪は、「申し訳ない

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 約束志向について - レジデント初期研修用資料

    恐らくは「最新の約束が最重要」というルールで、お客さんの問題を解決していくやりかたが、サービスとして、 顧客を最も快適にするのではないかと思う。 病棟移動のこと ずいぶん元気になった患者さんがいて、過去に何回か入院した経験を持つ方で、この人から、 「なるべく早く、リハビリ棟に行かせて下さい」という要望があった。 医学的にももっともなお話で、たしかにリハビリ棟のほうが、床の段差も少なくて、歩きやすかったものだから、 病棟の移動を手配して、移動できたのは3日後だった。 病棟を移動するに当たっては、病棟どうしで引き継ぎを行わないといけないし、ベッドの数だとか、その日に勤務しているナースの 数だとか、お互いの事情というものがもちろんあって、思い立ったらすぐ、というわけにはなかなか行かない。 一方で、病棟を移動しなくても、患者さんに対するケアは同じように行えるし、リハビリ病棟よりも、 急性期病棟のほ

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 次につながる制約のこと - レジデント初期研修用資料

    それが資金であってもマンパワーであっても、何かが「足りない」状況に対峙したときには、足りない何かを工夫で補わないといけない。 そういう工夫はたぶん、 資金が潤沢にあったらできたこと、「リッチ」とか、「効く」みたいな、肯定的なパラメーターを、 まずはあきらめてみるところから始まる。 何かをあきらめることで、その周辺にはたぶん、「あきらめることで手に入るもの」が生まれている。 今度はそこから、「足りない中でいいものを作る」のではなく、まずは「あきらめないと手に入らないもの」の 付加価値を高めたり、そこからお金を集める仕組みを考えることで、「足りない中で頑張った何か」は、 全く新しいものへと変貌するのだと思う。 お弁当と俳句 フランスのお弁当ブームとか、英語圏で俳句が面白がられたりだとか、ああいうのはたぶん、 「制約って面白いんだ」という気づきが生み出したのだろうと思う。 スプラッター映画でしか

    amashio
    amashio 2014/01/01
  • 「何もしないこと」を決断するとき - レジデント初期研修用資料

    「やれるだけのことはやった」状態とは、あらゆる可能性を探索し、試み たという意味であって、一つの方法を機械的に繰り返し、拡大し、結果とし て全ての資源を損耗しつくした、という状態とはちがう[18]。 これは明らか に判断の誤りなのに、しばしば満足げに総括される。 経験を積んだ術者は、「何もしないこと」もまた決断であることを知って いる[15]。その一方で、意志の不在が決断を放棄させた場合また決断であっ て、同じ「待ち」の決断であっても、意味あいは全く異なってくる[10]。 意志の不在は状況を確実に悪化させる。たとえそれがどのような決断で あっても、決断されることは、行動の根拠としてより望ましいと言える[10]。 何もしないで経過をみるときには、だから「何もしないことを決断する」 必要があって、状況を動かさないことを決断したのなら、その時にやってお くべきことがある。 視点を変える 「あのと

    amashio
    amashio 2014/01/01