2020年8月20日のブックマーク (5件)

  • 植物毒の話

    上海II @shanghai_ii 17世紀に作られた毒を隠すための。詳しい説明があった。2008年にドイツのオークションに出されたものらしい。 bookaddictionuk.wordpress.com/2014/11/16/a-b… リンク BookAddiction A Book of Poison or Medieval Cures? (Book of the Week) Watching the catalogues produced by auction houses is one of the real pleasures of a booksellers life. Often lavishly produced, the catalogues provide a visual, abundant feast of beautiful books to... 上海II @

    植物毒の話
  • 現代のミスコン/ミスターコンを、「ジェンダー論」の専門家はどう考えるか(高橋 幸) @gendai_biz

    ソフィアンズコンテスト(以下ソフィコン)に関する先の声明文には、 「現状のミス・ミスターコンが孕む外見主義的な判断基準という問題や、『ミス=女らしさ』『ミスター=男らしさ』という性の画一的な価値観の押し付けを助長するようなコンテスト名からしても、LGBTQや多様性という観点で批判を受けることは然るべきことであり」 とあります。 この声明からは、ルッキズム(「外見主義」)、「女らしさ/男らしさ」という「性の画一的な価値観の押し付け」、「LGBTQや多様性という観点」という3つの論点を、運営側が意識していることがわかります。 ミス/ミスターの枠をなくすという今回の制度改革は、ジェンダー論の観点からどのように捉えることができるのでしょうか。ここでは、上記の3つの論点をめぐって考えていこうと思います。 ルッキズムとは何か ミスコンが批判される際、最も頻繁に用いられる言葉の一つに「ルッキズム(外見主

    現代のミスコン/ミスターコンを、「ジェンダー論」の専門家はどう考えるか(高橋 幸) @gendai_biz
  • エッセイ > 「トランスジェンダーを排除しているわけではない」が、排除するもの 岡野八代

    ★ このサイトを運営するNPO法人WANは、多様なフェミニズム実践とジェンダー研究の情報を発信・集積し、 ジェンダー平等を求める人々に交流の場を提供します。 このたび、石上さんの記事を読み、なによりも抱いた疑問は、この記事はいったい誰に対して、どのような意図をもって書かれているのか、ということです。この記事には、まったく資料がつけられていませんので、わたしのようにtwitter でのトランスジェンダーをめぐるやりとりをあまりフォローしていない者には、主張が基づいているであろう事実確認ができません。とはいえ、WANサイトでこの記事を読む人がすべて、記事が基づいているであろう様々な言動を知っているわけではありませんので、ただこの記事のみをテキストとして読んだわたしなりの理解と、このテキストからわたしが受け取った含意に対する見解を述べたいと思います。 「私たちが求めているのは、自由でオープンな議

    エッセイ > 「トランスジェンダーを排除しているわけではない」が、排除するもの 岡野八代
  • NPO法人WAN > WANからのお知らせ > 投稿「トランスジェンダーを排除しているわけではない」について:WAN編集担当より

    お茶の水女子大学へのトランスジェンダー(MtF)学生受け入れをきっかけにSNSを中心に論争が起こっています。WANでも「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」をはじめ特集記事を掲載してきました。 今回投稿された石上氏の主張について、改めて議論することはこれからの女性運動のあり方にとって意義があると考え、投稿を掲載しました。 この記事についての投稿は随時受け付けています。投稿規定はフッターにあります。投稿分野は編集担当が判断して変更することがあります。多様な意見に開かれた熟議の場を提供することを目指しています。ご意見ご投稿につきましては今後のフェミニズムの新たな展開に資する方向で取り上げさせていただきたいと思います。 WANは媒体であり、多くの投稿、寄稿、情報提供で作られています。投稿記事の掲載はサイト記事編集担当が随時判断して

    NPO法人WAN > WANからのお知らせ > 投稿「トランスジェンダーを排除しているわけではない」について:WAN編集担当より
    anatadehanai
    anatadehanai 2020/08/20
    「載せた」こと自体を非難はしたくないかな。専門家がツイッターなどの混乱を見て見ぬふりするより、手を汚して介入する方が誠実だとも思う。やり方がこれでよかったかには異論もあろうけれど。
  • エッセイ > 「女性に割り当てられた公的空間」とは何か      - -伊田久美子- -

    お茶の水女子大学へのトランスジェンダー学生受け入れをきっかけにSNSを中心に論争が起こっている。WANでも「トランス女性に対する差別と排除とに反対するフェミニストおよびジェンダー/セクシュアリティ研究者の声明」をはじめ特集記事を掲載してきた。私も賛同人の一人である。しかしツイッターをやらないので、ツイッター上での経緯をよく知っているわけではなく、この件について積極的には発言してこなかった。しかし今回投稿された石上氏の主張について、とりあえず思うことを書いてみたい。この問題は、女性がかつての「男性専用スペース」で経験して来たことと類似しているからであり、その経験を思い出してみたいと思ったからである。また「排除ではない」と言いながら実際は極めて強い排除の意図が感じられることにも強い懸念を持つからである。 女子大へのトランスジェンダーの入学それ自体には反対ではない、と投稿者は言っているようである

    エッセイ > 「女性に割り当てられた公的空間」とは何か      - -伊田久美子- -
    anatadehanai
    anatadehanai 2020/08/20
    議論の本題からは完全にずれてるが、筆者の貴重な昔話として読むと面白い。"入学式では同窓会長が祝辞で「男らしく」を連発するので、睨みつけていたら気がついて「あ、女は女らしくね」と追加した。"