自然はそう簡単にはその懐を開いてはくれない。辛抱強く時間をかけて付き合ってはじめてその秘密が少しずつ開示される。相手が何だろうと、それまでの自分という輪郭や境界が揺らぐ中での相互の観察を経てはじめて、相手は単に一方的に見るだけでは見えてこない姿を垣間見せる。そしてその記録に使われる言葉はそれまでの意味体系を密かに変容させる。 asin:4880593540 ソローの『コンコード川とメリマック川の一週間』は、川旅の紀行文を装った<水の哲学>の書である。ソローの自然との関わり合い方の特徴は、例えば、ブリーム(Bream)と呼ばれるコイ科の淡水魚との関わり方によく表われていると思う。 ブリームは自らの務めに没頭する魚なので、水の中で近づき、ゆっくり時間をかけて調べることができる。私はその上に半時間立ち、怖がらせることなく優しく撫で、自分の指を傷つけず無邪気に齧られる経験をしたことがある。そのとき