しかじかの作家の語彙辞典を編むということは、特にその作家が宮澤賢治のように、自然科学にも、宗教的な面にも造詣が深く、しかもみずから「心象スケッチ」と称する幻想的な詩や童話を多数遺した人である場合、途方もなく困難な仕事であることは、想像に難くない。 語彙辞典は、作家が書いた全作品(書簡等も含めて)の中の主要な語句のひとつひとつについて、解説・解明をしようというものであるが、おのおのの語句の意義として、国語辞典や百科事典に載っている解説を、並べ立ててみただけでは、全く用をなさない。その作家が、その語句を、どこで、どんな風に、どんな特殊な意味で使っているか。その点の解説・解明こそが求められているのである。 賢治の詩や童話では、作中の個々の事物は、現実のそれらを根底に持ちながらも、作中では心象スケッチの光暈によって包まれている。そこでは「汽車」が「巨きな水素のりんご」の中を駆けている(詩「青森挽歌