「コイデ」は、ネコである。名に格別の意味はない。「コイデ 03-xxxx-xxxx」と達筆で記された首輪をかけていたので、それがそのまま通称となった。「コイデ」が他所でどう呼ばれていたかは知らない。「コイデ」は色々な家庭に上がり込んでは家人の歓待を欲しいままにする、地域でも有名なアイドルネコだったから、幾つもの源氏名を使い分けていても不思議はないのだ。 もともと「コイデ」は他所(よそ)の家のネコである。正確にいえば、<コイデさん家(ち)のネコ>である。とはいえ、コイデ家においても、固有の名があったわけではない。小さな庭つきの一軒家で晩年を過ごすおんな主(あるじ)であるコイデさんは、たくさんのネコに囲まれて暮らしており、一匹一匹のこまやかなケアにまで手が回らなかった。コイデ家のネコたちは避妊手術を施された後、共通の出自を首元に明記され、あるものは「外ネコ」の道に戻るべく旅に出て、あるものは一