県民の4分の1が犠牲になった沖縄戦(1945年3月20日から組織的戦闘が終結した6月23日)を主導した陸軍沖縄守備隊の32軍司令部地下壕(ごう)跡(南風原町=はえばるちょう=当時は村)などから、避妊具が大量に出土していることが本紙の取材でわかりました。こうした例は全国的にも初めてです。司令部壕などの周辺には日本軍専用の「慰安所」がありました。 南風原町が発掘 「うむ、これは」 2005年12月から09年5月にかけて行われた同町津嘉山地区に広がる32軍司令部地下壕など旧軍施設の発掘調査を担当した南風原文化センターの学芸員、上地克哉さんは土中から姿を現した遺物に思わずつぶやきました。「避妊具(コンドーム)だ」 泥にまみれ、戦時中の米軍の火炎放射攻撃で焼かれ、すすだらけになりながら、かろうじて原形をとどめていたのです。11本の壕跡から127個が出土しました。 今年3月発行の『南風原町史9巻』は、
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