大西 孝弘 日経ビジネス記者 1976年横浜市生まれ。「日経エコロジー」「日経ビジネス」で自動車など製造業、ゴミ、資源、エネルギー関連を取材。2011年から日本経済新聞証券部で化学と通信業界を担当。2016年10月から現職。2018年4月よりロンドン支局長。 この著者の記事を見る
2015年12月採択されたにCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)のパリ協定。先進諸国は石油などの化石燃料の消費を2050年には現状から80%の削減が求められることになった。 だが、石油消費を減らす力学は実は環境制約にとどまらない。 IEA(国際エネルギー機構)が2016年11月に発表した「世界エネルギー展望(World Energy Outlook)2016」(WEO 2016)は、数年後には石油生産能力が減退し始め、これまで世界の経済発展を支えてきた安価な原油の供給は、2050年には現状から80%程度減少することを示唆している。こちらは原油の資源制約に由来する石油消費削減要求と言えるだろう。 2019年ころから石油生産能力は低下する 過去、IEAが石油供給の限界を明示したことはなかった。その意味で、WEO 2016が石油の供給力減退を警告したこと自体、歴史的な出来事と言ってい
これまでこの連載で指摘してきた事実も、原油供給限界が近づいていることと符合する。 ・IEA(国際エネルギー機関)の「世界エネルギー展望 2016」では、2019年から石油生産が減少する可能性が示された(「採算性低下が原因で、石油生産は減衰する」参照)。 ・オイルサンドはEROIから見ると既に生産限界に近い。これらの油田開発事業の一部が経営困難になり、開発から撤退しつつある(「期待の新星、オイルサンドの失速が始まった」参照) ・シェールオイルもグラフ1に示すようにEROIは低い。油価の高い時にEROIが比較的高い油井の生産が進めば、残るのはEROIの低いものばかりになる。その結果、平均EROIはさらに低下し、限界領域に入っていくであろう。市場油価に生産量が敏感に反応するのは、シェールオイルが生産の限界に近付いていることを示している(「シェール革命は短命に終わる」参照)。 原油の「見かけの生産
ところが、その原油の「正味エネルギー供給量」は、2000年頃から減少し始めている。 今後も「正味」のエネルギー供給量の減少は続き、石油経済の行方に大きな影響を与える。しかし、ほとんどのエネルギー統計で「正味」は触れられることなく、「見かけ」の数字で構成される。「正味」を語らないエネルギー統計からは、この問題を読み取れない。 エネルギー統計で見えてこない“真実” 「正味」とはどういうことか。 原油を地下から回収するには、油田の探索を行い、発見できれば地下から回収するための設備や機器類を設営し、採掘する。これら全工程で直接あるいは間接的にエネルギーが消費される。当然だが、原油というエネルギー源を回収するには、外部から何らかのエネルギーを投入しなければならない。 ある油井で、原油1バレル(159リットル)相当のエネルギーを投入して、10バレルの原油を採掘できたとする。この10バレルが「見かけ」の
「実は、『エネチェンジ社長です』と大東エナジーのコールセンターに電話したんです」。 電力・ガス比較サイトを運営するエネチェンジ(東京都千代田区)の有田一平社長は苦笑する。 社長自らコールセンターに電話したのは、「11月中旬から当社のコールセンターに大東エナジーからの切り替えに関する問い合わせが殺到したが、大東エナジーと連絡が取れなかった」ためだという。 大東建託子会社の小売電気事業者である大東エナジーは、低圧部門でトップ10に入る新電力で、契約数は実に26万件に上る。その大東エナジーが11月7日、「電力市場価格の高騰とシステム改修コスト」を理由に事業を縮小すると表明した。事実上の撤退である。 大東エナジーが撤退する理由は、「電力市場価格の高騰及びシステムの改修困難」。ことの発端は既報の通り、一部の事務処理が滞り、受け付けた申し込みを十分にさばき切れなかったことにある(「大東建託子会社の新電
EV(電気自動車)シフトが報道を賑わしている。フランスや英国が「2040年にガソリン・ディーゼル車の販売禁止」を打ち出したことがきっかけだ。その動きに呼応するかのように欧州を中心に自動車各社はEV戦略を喧伝(けんでん)し始めている。 ガソリン車やディーゼル車がEVに置き換わっていくとしたら、石油など一次エネルギーの供給構造にどのような影響を及ぼすことになるのだろうか。 国や自動車メーカーで異なる思惑 同じようにEVシフトを打ち上げていても、国や自動車メーカーにより、それぞれの思惑は異なる。発表の仕方を見ていると、フランス政府は「CO2削減」を第1の目標に掲げているのに対して、英国政府は「NOx(窒素酸化物)などによる都市部の大気汚染の緩和」に重きを置いている。 1つ言えることは、英国とフランスに共通することとして、自動車産業の国際競争力はさほど強くないということだろう(2016年の自動車生
米アイロボットの家庭用ロボット掃除機「ルンバ」は、購入した消費者の家の掃除をしながら間取り情報を収集し、その収集データを外部企業に販売することも可能だという報道が今年7月に流れ、消費者に衝撃を与えたが、同社はこれを否定している (写真:picture alliance/アフロ) かつて、「(ものを)所有」するということは、小切手を切るのと同じくらい単純な行為だった。何かを購入したら、それを所有することになった。壊れたら修理をするし、不要になったら売るか捨てる、といった具合だ。 一部の企業は、アフターサービス市場で儲ける技を編み出した。有料の長期保証を導入したり、メーカーが認定する修理店を展開したり、あるいはプリンター本体の価格は安く抑えて、定期的に買い替えが必要なインクカートリッジを高値で売りつけるといった手法を発案した。 ただ、利益をさらに絞り出すためのこうした手法が登場しても、何かを「
オーストラリアやニュージーランド、米国で家庭向け太陽光発電システムと組み合わせて使う蓄電池ビジネスが広がり始めている。新規事業者が続々と参入。地元電力会社も追随し始めた。太陽光を取り巻く制度変更と蓄電池のコスト低下が追い風となり、海外では一足先に蓄電池の普及に弾みがつきそうだ。 オーストラリアでは、電気料金が高止まりしている中で、2017年からビクトリア州、南オーストラリア州、ニューサウスウェールズ州という人口集中地域の3州で、屋根置き太陽光発電(出力10kW以下)を対象にした固定価格買取制度(FIT)が廃止される。太陽光発電システムを導入しても家庭の売電収入は大きく減る。 豪AGL、世界で初めて家庭向けに蓄電池を発売 FIT廃止を見越して、電力会社として世界で初めて家庭向けに蓄電池を売り出したのが、オーストラリアの大手電力会社であるAGLだ。同社は2015年5月から、台湾AU オプトロニ
先日、なんとなくアニメ映画「となりのトトロ」(1988年公開)を見なおしました。映画の舞台は昭和30年代の日本。田舎に引っ越した一家の子ども、サツキ(姉)とメイ(妹)が、森に棲む不思議な生き物である「トトロ」と交流する物語です。 この作品を見直す過程で、筆者は今さらながら気づいたのです。トトロという名前は、メイの「思い込み」から誕生した名前だったのですね。 経緯はこうです。映画の中盤でメイは、森の中で眠っている不思議な生き物(大トトロ)と出会います。そしてその生き物に「あなたはだあれ?」と聞くのです。そしてその後のやりとりで、寝起きの生き物が「ドゥォ ドゥォ ヴオロロロ」と鳴くのを聞き、メイは「あなたトトロっていうのね!」と応えるわけです。 ところがこのとき、大トトロはメイに向かって「(私の名前は)トトロ」と言ったわけではないのです。大トトロは実際には「あんたも眠いの?」と言っていたのだそ
このところ、米国の宇宙ベンチャーの動きがものすごく活発だ。11月23日、ネット流通大手のアマゾンのジェフ・ べゾスCEOが設立した宇宙ベンチャーのブルー・オリジンは、テキサス州の私有地で、同社の開発した有人弾道ロケット「ニュー・シェパード」の2度目の無人打ち上げを実施し、ロケット部分の垂直着陸を成功させた。イーロン・マスク率いるスペースXも負けじと12月22日、「ファルコン9R」ロケットの打ち上げで、使い終えた第1段を打ち上げ地のケープカナヴェラルに戻して垂直着陸させることに成功した。 ニュー・シェパードの有人カプセルは、慣例的に「ここから宇宙」とされる高度100kmを越えて100.5kmに到達し、その後パラシュートを開いて無事に着地。さらに、ブルー・シェパードのロケット部分は切り離し後に、姿勢を制御しつつ降下し、最後に着陸脚を展開してロケットエンジンを再起動して逆噴射を行い、着陸に成功し
2015年の夏場以降、中国における「バブル」崩壊の懸念が急速に強まっている。中国が突如として、人民元の切り下げに踏み切ったことをきっかけに、グローバルな金融市場は激震に見舞われた。われわれは、中国経済が抱えるリスクをどのように捉えればよいのだろうか? 筆者の中国に対する見方を一言で述べれば「短期=楽観。中長期=悲観」である。中国は所詮「社会主義」の国なので、公共投資を中心とするカンフル剤を打てば、問題を1~2年程度先送りすることは可能である。しかし、向こう3~5年程度の時間軸で見れば、中国では「バブル」崩壊のリスクが高まると見ている。 「過剰」その1 1000兆円以上の過剰融資 最初に、現在中国には膨大な2つの過剰が存在することを指摘しておきたい。 第1の過剰は金融面での過剰融資である。中国における過剰融資の総額は1000兆円以上と推定される。将来的に、このうち何割かが焦げ付く場合、数百兆
清野 由美 ジャーナリスト 1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界を股にかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。2017年、慶應義塾大学SDM研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。 この著者の記事を見る
政府・与党は環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、農業分野の対策を決定した。牛肉や豚肉、コメなど海外からの輸入増が見込まれる品目への保護策を打ち出す一方、農業の体質強化策はもう少し時間をかけて議論することにした。結論を出すのは1年先。だがそのカゲで、今後の農政のあり方をめぐる攻防はすでに始まっている。口火を切ったのは財務省だ。 財務省の農業分析資料は説得力十分 財務省がつくった資料を見て、正直驚いた。農林水産省のホームページのどこを見ても、日本の農業が抱える課題をこれほどわかりやすく整理した資料を見つけるのは難しい。財務省の資料だから根底にはもちろん、歳出の拡大に歯止めをかけたいという思惑はある。だがそれを割り引いたとしても、11月4日に財政制度等審議会の分科会に提出した資料の説得力は少しも落ちない。 とくに力を入れているのは、農業が直面する問題を象徴するコメだ。例えば、農水省の
130人の犠牲者を出したパリ同時多発テロ事件から10日あまりが経った。テロの首謀者の1人とされるベルギー人のアブデルハミド・アバウド容疑者は射殺されたものの、犯行に関わったメンバーが依然として逃走中と見られ、欧州は緊迫した状況が続いている。 そんな中、フランスのGDP(国内総生産)の7%に達する観光産業に、テロの影響がじわじわと現れ始めた。フランスのホテル・飲食業組合の調査によると、パリ市内の飲食業の売り上げは前年同時期に比べ44%下落、ホテルも同様に57%下落した。旅行客のツアーのキャンセルが続いており、美術館やエッフェル塔などの観光施設への影響はこれから広がるとみられる。 さらに、フランスに続きベルギーでも新たに発覚したテロに対する警戒体制によって、一時的と見られていた観光業へのマイナス影響が長引き、欧州全土に広がるおそれもある。パリの観光産業の実態をリポートする。
10月中旬。広東省広州市のホテルの会議室で、あるセミナーが開かれた。タイトルは「中国現法『人員スリム化』のノウハウ」。つまり中国でいかにスムーズに人員削減を行うかを学ぶためのセミナーである。中国やアジアに進出している企業向けに法務や会計、労務などの助言・実務を行うキャストコンサルティングが開催した。 この日は10人ほどの受講者が集まり、約4時間かけて退職時に従業員に支払う経済補償金の仕組みやトラブルを起こさないための方策などを学んだ。受講者はいずれも日系企業の中国法人で人事や財務などを担当している日本人だ。「すぐにリストラを予定しているわけではないが、学んでおく必要があると思った」。このセミナーに参加した日系メーカーの幹部は受講した理由をこう話す。 「中国での事業のたたみ方を知らない人が多い」 同社は10月から11月にかけて、広州だけでなく北京や上海のほか、東京や大阪、名古屋でも同様のセミ
11月13日金曜日。世界を震撼させる事件が、再びパリで起きた。 午後9時20分。パリ郊外の国立競技場スタッド・ド・フランス近くで突然、爆発音が響き渡った。爆発すると金属片が飛び散る榴散弾をベルトに満載した男が自爆し、近くにいた1人が巻き添えとなって亡くなった。その5分後、もう1人の男も自爆。スタジアムでは、フランソワ・オランド仏大統領も観戦するドイツ対フランスのサッカー親善試合が佳境を迎えていたが、この爆発についての連絡を受けて観戦を中断、静かにスタジアムを後にしたという。 5分後の9時25分。今度は、パリ市内で悲劇が起きる。東部10区の閑静な住宅街に連なるバーとレストランの前に、黒のセアト(スペインの自動車メーカー)車が止まった。中から出てきた複数の男は、手にしたカラシニコフの銃口を客に向け、15人を殺害。10人を負傷させた。 9時32分、10区の現場からさほど遠くない11区で、複数のレ
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