防人歌(さきもりのうた)とは、大化の改新の後、九州沿岸の守りについた防人が詠んだ歌である。 詠まれた状況[編集] 防人は厳しい任務であり、遠い東国から九州までを自力で移動せねばならず、さらにその任務期間中の兵は食糧も武器も各自で調達しなければならない上に、税の免除も行われなかったので極限の状態であった[要出典]。その様な状況で作られた歌が防人歌である。 万葉集[編集] 万葉集には防人歌が収録されている。巻13、14にも含まれているが、巻20には最も多く含まれている。巻20に採録される防人歌は、天平勝宝7歳に大伴家持が収集して撰集し、手を加えた上で掲載されたものである。防人歌が集められた背景として、上代文学者の多田一臣は、防人の制度が揺らぎ始めた奈良時代中頃に、防人に関する情報収集の一環として国家的政策として行われた可能性があると指摘している[要出典]。 《沖つ鳥鴨といふ船の還り来ば也良の崎