オタク嫌いのフェミおばさん(?)と、オタクっぽいキモおじさん(?)の戦い。 この二人、以前から因縁があるんですかね? よく分からないけど、今回はid:cloqのほうに理がありそうだ。 id:white_roseは過去に、黒人が民泊で宿泊拒否される差別事件があるというニュースに対し、「黒人男性は怖い」というコメントをしていた。 男性全般ではなく、あえて黒人男性だけを警戒するという、その差別感情を正当化しているわけだ。 「まあそうだよな。/私がやるなら女性のみ可、黒人男性は怖いからダメってなっちゃうなあ。相手を見て判断って差別の目にまみれてるけど、部屋を貸すっていうのは」 http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/301788843/comment/white_rose#tab-new-bookmarks このことをid:cloqにほじく
もしかして田舎で生まれ育った人が若くして人生に迷った時に「これじゃない」って思って、これだけメディアで都会の情報が流されてくれば、もしかしたら都会に行ったら道が開ける何かがあるかもって思うのは当然だろうし、それで意外とすんなり都会に馴染めちゃう人もいれば、なんかやっぱり違ったな、田舎の方が性に合ってたなって思う人もいるだろうし。 元々都会で生まれ育った人も、都会が好きならそのまま都会にいるだろうし、なんか都会での生活は違うって思って田舎に憧れたり田舎に実際移住しちゃう人だっている。それですんなり田舎に馴染める人もいれば、やっぱり都会じゃないと無理だったっていう人もいる。 それだけの話だと思うけど。 都会じゃないとダメって思うのだっせえって思ってる人も、やっぱり都会が特別だと思ってるからそう言うんだと思う。
最初「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」を見て、マザコン映画っぽくて嫌だった 「そして父になる」ではだらしない役どころがハマっていて、そのだらしなさが嫌だった 「ぐるりのこと。」でもユルい役どころだが、愛嬌のあるユルさ、でも敬遠してしまう こういうのって何かのタイミングでめちゃくちゃ好きになる予兆の気がして、それも嫌だ
b:id:white_roseとb:id:cloqはお互いお気に入りなんだよね(Twitterで言えば相互フォロー) ガンガン非表示にすることに抵抗がない俺にはこれが不思議。 cloqは「俺が白薔薇に筆誅を加え天下を糺す」と思って監視しているのだろうか。 white_roseはブクマのブクマは通知が来ないから嫌々お気に入りにしているのだろうか。 俺のお気に入りの基準は、 ・感性、趣味が合う ・面白エントリをブクマしてくれる ・主義主張が違くても新しい視点を与えてくれる ・ただ単純にブコメが面白い なんだけど、他の人達はどうだろうか。 以前b:id:REVは「精神力を鍛えるためにイヤな奴をお気に入りに入れる」と言ってた気がするけどすごいね。 https://anond.hatelabo.jp/20170826071701
ただの感想や参考になりました程度のコメントなら別にいいんだけど、スター乞食臭い受け狙いや無い頭絞って考えたであろう文字数制限ギリギリまで使ったコメントを毎回残すのって疲れないの? 教えてid:cloqさん!
インターネットで多くの人が多くの人と短時間の意思疎通をするようになった。 それを見てて、世界がひとつになって平和になるなんて幻想も甚だしい、なと思う。 こう思う前にも無理だなって感じてたけど、その感覚は今と比べて実に甘っちょろかった。 母語が違うからその垣根を越えるのは相当難があると感じてたんだ。 でも、それって翻訳機能が向上すればいずれ解決される話でしょ。 話が通じさえすればなんとかなるって言うなんの根拠もない仮定を前提にしている。 話が通じるのと分かり合うのは全くの別問題なんだよな。 分かり合うのに必要なのって概ね時間なんじゃないかな? 例えばだけど、Twitterって日本のアクティブなユーザー数が4000万人らしい。 仮に全員が140文字という短文で言いたいことを的確に言ってのけられる志賀直哉のような人ばっかりで、かつそれを5分10分で書き上げられるとして、特定のAさんが全員と交信で
クリミナル・マインドを観始めたけど、なんだこりゃ。完全にトンデモじゃないか。 プロファイルってやつは本物もこんなにデタラメなのか? ありゃプロファイルじゃなくて超能力者か、さもなくば口からでまかせの詐欺師だ。 物的証拠もなく、高齢オッサンによるフロイト並みの発想力(妄想力)によって犯人を暴力的に逮捕する。 よくはてなーが言ってる警察権力の横暴そのものだ。 あとやたら精神疾患名が出てくるんだけど、精神疾患名やその用語は専門用語をよく知っていないと正確に訳せないでしょ (そういえばドクターハウスも日本語字幕がめちゃくちゃだったな)。 登場人物がpsychosis(サイコーシス。精神病のこと)って言ってるのに字幕は妄想症になってたり、たぶん他にも間違いだらけな予感。 このドラマ、人気があるって聞いてたけどひどい内容だ。 これのどこがいいんだ?
むかし「女装少年、家出中」ってゲームにドハマリした。 ハマったのは5年くらい前だけど、今でも続いてる。真くんが好きだ。 かといって、いわゆる男の娘が好きなわけでもない。 まあ与えられたら与えられたで抜きますよってスタンスではあるんだが。 他方で、いわゆるショタにもピンとこない。 「少年愛」かというと微妙。 確かに生意気なのは好きなんだけど...いわゆるショタ系に多いストレートな生意気さはやだ。 「ツッコミポジ」程度の理性ある生意気さ、とでもいうのかなー。 ボーイッシュでちょっと影のあるアニメキャラ(ラブプラスの凛子とかAチャンネルのトオルとかまどマギの杏子とか・・・年齢がバレるかも) がもともと好きで、その延長って感じなのかなあ。 自分がなれなかった自分を見守っているのが好きなのかもしれん。 一応補足すると、俺がホモフォビアと近いのは重々承知だ。不快感を抱いた人がいたら申し訳ない。 とはい
エグジスタンス・ハラスメント。 略してエグハラ。 存在していることそのものがハラスメントとなっている。 たとえば今話題のベビハラ、「泣き喚く赤ちゃん」という存在。 ポイントは「赤ちゃん」ではなく、「泣き喚く赤ちゃん」というのがハラスメントになっているということ。 べつに泣くなとは言わないが、公共の場所ではそれが存在しているだけで苦痛を感じる人がいるのも事実。 たとえば差別主義者。その思想を声高に叫んでいる存在。 パブリックな場所で差別発言をすれば、当然ながらそれはハラスメントである。 思想の自由はあるが、「それを積極的に表に出す人間」という存在は現代社会では問答無用で排除対象だ。 たとえばロリコン。たとえば萌え絵。 そういったもの、そういったものを想起させる何かが「見える」「聞こえる」というだけで苦痛を感じる人もいるらしい。 「そんな感じの広告などの媒体」という存在そのものがハラスメントと
宇宙誕生前が虚無だったりマルチバース理論がその通りだったとして それらが誕生するそもそもの理由って何だよ? 別に虚無も無くったって誰も困らんだろ でも何でそれがあったんだよ 理由とかない~そこにあるだけ~ そういう話してるんじゃないよ 増田があるのは増田を作った人間がいるからという因果律の話をしてるんだよ 基底世界となる虚無世界があることが何の因果律であるのかという話だよ なにか原初的存在があって起点となっていると考えるしか低能な俺には納得できない 結局人間自身が4次元の膜を超えられない限りは 多次元要素はいつまでもブラックボックスのままなんだろ ゲームの中の住民がゲームのプログラム解析頑張ったところで画面の向こうの俺の存在なんて分かる訳がない
Twitterで特定の集団(クラスタと言ったほうがいいかな)を批判するツイートがバズると、必ずリプ欄に 「悪いのはその中の一部だけです!みんな悪いみたいに書かないでください!」 ってリプ付いてるけど、そんなもん見てる誰だって分かってるよ。いちいち「一部の」ってわざわざ書いてあげないと気がすまないのか?そもそもそれで分からないやつは「一部の〜」って書いてあってもなくても変わらないんだよ。お前の読解力のレベルの低さに付き合う義理はみんな無いんだよ。いつになったら分かるんだ?
どちらかと言うと地味でモテない部類ではあるが、ネトストなのか何なのかわからん行為を感知して戦慄している。 ある深夜、随分前に自然消滅した関係の人から急にSNSでスタンプのみが送られてきた。 最初は何かと思って開封したが、特に要件もないしコチラからも用事があるわけでもないので返事はしなかった。 翌日深夜、また、スタンプのみが送られてきた。同様に無視。 翌朝。おはようという顔文字が送られてくる。これも無視。 するとその日の午後くらいに知らない人からリクエストが届く。 名字が同じなので結婚したのだろうとは把握したが、そのメッセージが 「旦那の携帯をいじって遊んでたら送ってしまった。不愉快な思いをさせてしまってすみません。」 とのこと。 まあ、結婚おめでとう旦那の携帯を夜な夜な見るような良いお嫁さんですね。本人様は何も言わないのか…。 と、7割方気味の悪さを感じながら完結したのだ。 が、 それから
30年ほど前、ケントギルバートとケントデリカットがTBSのサンデーモーニングで大喧嘩。 ケントデリカット)日本は憲法9条の精神で軍隊じゃない平和を目指すべきだよ。 ケントギルバート)それじゃ、国は守れないんだよ。 ケントデリカット)でもそんなことをお互いが言い合っていたら、いつまでも戦争はなくならないよ。 ケントギルバート)うるせえよ。だからお前はユタ州出身なんだ。 ケントデリカット)何言ってるんだよ。そんなこと関係ないじゃないか。 ケントギルバート)関係あるんだよ。だからお前はユタ州出身なんだ ケントデリカット)何言ってるんだよ。君だってユタ州出身じゃないか。ユタ州を馬鹿にするなよ。 ケントギルバート)うるさいよ。僕は、ニューヨークで仕事したから、ニューヨーカーズなんだよ。 ケントデリカット)何言ってるんだよ。そんなこと関係ないだろ。君はユタ州出身じゃないか。ユタ州を馬鹿にするなよ。 ケ
ヒグラシ:朝夕の薄暗い時間帯に「カナカナカナ…」という甲高い声で鳴く。その悲しげな鳴き声から晩夏のセミというイメージが強いが ツクツクボウシ:晩夏に多く発生し、宿題に追われる子どもたちのBGMとなる アブラゼミ:午後の日が傾きかけた時間帯によく鳴き、「ジジジジジ……」という鳴き声は夏の暑さを増幅するような響きがある。 こういう部分については客観的な視点からの加筆が求められてはいません。
女を「まんこ」呼ばわりする男へのカウンターのつもりで言ってるのかもしらんが、あれはもともと「女は性器にしか価値がない」という意味合いの蔑称だから、 オウム返しに「ちんこ」と言うのは「男は性器しか価値がない」と主張してるのと同じ意味なんだよなあ。 本当にそう主張したくて言ってるなら止めないけど、クソ下衆いこと言ってる自覚だけは持つべきだと思う。
なぜはてなでハイローが語られないのか 既往の邦画すべてを追い越しハリウッド映画に比肩する(かも)レベルのアクション、美術、音楽 漫画のようなキャラ造形にオタクの大好きな関係性萌えのつるべ打ち さながら邦画版アベンジャーズである 雑なストーリーテリングとのアンビバレンツさに、「もしかして映画にストーリーは要らないのかも」と思わせてしまうドラッギーな体験 総じてさながら邦画版アベンジャーズである 「シンゴジラ」とか「この世界の片隅に」級に邦画史に残る事件的作品なのに、なぜこんなにはてなー界隈の温度が低いのか LDHが嫌いな人が多いのか ウェイ系パリピの話だから自分には関係ないと思っているのか イメージで敬遠するのも良いが、やってることは特撮ヒーローとかガイナックスに近く、むしろオタク側の「お約束」に忠実な燃える映画なのに ストーリーなんて皆無に近いからこれまでの話を追わなくても劇場で極上のアク
周りの同い年は社会人、年収400万だとか、、、場合によっちゃ600万稼ぐ奴もいる 社会人3年目まではカツカツだと聞くが、自分で稼いでるだけ凄いし学生目線では400万もあればめっちゃ使えるじゃんって思う。 就活をしても年下が新人として企業説明したりするから、ビビる。 就職は決まったがこれから不安でしかない、大卒の奴らに対して3年分のディスアドバンテージがある。凄い焦る。 スポーツの世界では25はピークを過ぎた言われ指導者の一歩手前だ。 高校から働いてる人はもう社会人6,7年目で結婚も視野に入ってくるんだろうな。 どんどん社会から隔離されていってる気がする。 早く自立できるようになりたいという思いが強すぎて焦る。
子供連れに対して厳しいという情勢に対して 「あなたも親になればわかる」 「あなたも子供の時は周りに迷惑かけていた」 という「相手」が「コチラ側」の立場に立つ考え方があるが 「自分も独身の時は子供連れに理解がなかった」 という「自分」が「アチラ側」の立場に立つ考え方もある そして、自分が置かれてない状況のことも考えるという意味では 育児で大変な親は、欲しくても子供を授かれなかった親の気持ちを考えてあげるべきだし それに比べれば育児は大変だけど授かれてよかったと思う 「それはわかるけど育児で大変でそれどころではない」 周りの人も何らか 仕事かもしれないし、親の介護かもしれないし、お金のことかもしれない 大変で子連れの気持ちはわかってあげられない
彼氏ができた。不倫とかやましい関係でもない。誰に伝えても良いような関係だが誰にも言えない。 今まで散々「彼氏が居ない」ことをネタにされ続け、自らも開き直りその自虐ネタで人と会話をしてきたからだ。 弟からもねーちゃんそろそろ彼氏できないとまずいっしょwと言われ、母親からもアンタ大丈夫なの、私があんたの年齢の時には…と心配され、 ならば言えばいい、彼氏ができたと。でも言うことができない。 友人にも言えない。誰ひとりとして伝えていない。なんだか不誠実な気持ちにすらなるが、30年近く非モテ、彼氏なし=年齢で過ごしてきた人間には重すぎる言葉だった。 いつの間にかそういう呪いにとらわれていたのかな。 幸運にも彼氏はとても良い人だと思う。まだ手を繋いだくらいしか行動していないが、優しい人だと思う。 この気持ちや関係をいつか言えるようになるだろうか。
関係がつづくことって、奇跡みたいに思うことがある。 それは子供が死なずに1年2年と生きることみたいに、奇跡だと思える時がある。 昔は、交際1周年とか、なんなら半年とか、記念日とか、よくわからないなって思ってたけど、今は違う。あれは生存を祝う感覚なんだね。七五三とかと同じ感覚。 人間だって、下手すりゃ人間として生まれてくる前にものすごい数が死ぬし、人間として生まれてきても、最初の数年で死んでしまう数はものすごく多い。人間の命ですらそうなんだから、人間同士の関係性だって、維持するのって、やっぱり、それができることって、すごいことだと思う。 「あなたとわたしという関係が、お互いの意思と合意のもとで、関係を継続し続け、晴れて半年を迎えました」みたいな、そういうお祝いの感覚。よく死ななかったなあ、よく消えなかったなあという感動。焚き火の火が消えずに持ちこたえたような喜び。 そんなふうに記録更新をして
理科の先生と言っても、小学校だから担任が全科目教えるんだけど、もともと中学校で理科の教師をしていた人らしい。 その理科の先生の方針は、どんなくだらないことでも質問する子は偉いという指導だった。 先生の空気作りが良かったのか、小学生特有の集団での悪ノリが功を奏したのか、理科の間は質問が絶えず授業が進まないような状態だった。 「炎ってどうして色がついてるの」とか「サルは木登りが上手なのになんで人間はできないの」とか「太陽っていつまで光ってるの」とかとにかく思い付きでなんでも質問するような雰囲気だった。 「うんこってなんで臭いの」とかそのレベルのこともあった気がする。 本当にどんなくだらないことでも先生は親身に答えてくれて、わからないときは一緒に考えようとしてくれる先生だった。 今思っても良い雰囲気だったと思う、知識としての科学でなく方法としての科学を心得てるというか好きなんだなというのが伝わっ
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