タグ

人生に関するcolor-hiyokoのブックマーク (223)

  • いとうまい子「アイドルだった私が遺伝子の研究者になるなんて」 45歳から手に入れたのは壮大な趣味|芸能|婦人公論.jp

    芸歴37年、女優・タレント活動を続けながら、大学院へ通う学生生活を送っている、いとうまい子さん。45歳で大学進学を決意した経緯と、現在の日々について聞いてみると――(構成=内山靖子 写真提供=いとうさん) 夫の言葉に背中を押されて 芸能生活25周年を迎えたころ、社会に対して何か恩返しがしたいと思うようになりました。18歳でデビューして以来、この世界で仕事を続けることができたのも、長年、私を支えてきてくれたスタッフや仕事関係者、ファンのおかげ。周囲の方々に、何らかの形でお返しをしたかったのです。 でも、高校を卒業してすぐに芸能界に入った私は、恩返しの術を何も持っていなかった。そこで、まずは大学に入ってさまざまな知識を身につけ、自分にできることは何かを考えてみたいなと思って。 とはいえ、ドラマやバラエティ番組の仕事をしながら大学に通うのは時間的にかなり厳しい……。なかなか踏ん切りがつかないまま

    いとうまい子「アイドルだった私が遺伝子の研究者になるなんて」 45歳から手に入れたのは壮大な趣味|芸能|婦人公論.jp
  • 35歳で第一子を産んで思う、年齢について - ドクダミ自由帳

    こんにちは、ドクダミ淑子です。 少し前に「ドクダミさんは落ち着いて子育てをしていますね」というコメントを頂きました。 なぜだろうと考えた時に出てきたのは・・・自分の年齢のこと。 やっぱり、35歳で第一子というのは、20代~30代前半で子育てをスタートされた方よりも年を取っている分、冷静に、落ち着いて対処出来ることが多いのではないかなと思ったのです。 そんなお返事をした後で、改めて私は「そういう年齢」なんだなと思いました。 子どもがいない時代に後悔はないけれども また別の方が、25歳でママをしていると言うと、年上のママさんから「すごいね。私の若い頃は・・・」と言われるという声を見かけました。 その、年上のママさんと近しい年代であろう私は思うのです。 それ言いたくなっちゃう気持ち、わかるわ。 別に、自分が35歳まで子どもがいなかったことを後悔しているわけではありません。 ただ、ふと思うことがあ

    35歳で第一子を産んで思う、年齢について - ドクダミ自由帳
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2021/02/25
    私の母と同じくらいのケースですけれど、今思うと、これはこれで良い点があって。「老老介護」にならないんですよ。8050 問題。子が比較的若くて体力があるうちに親の介護をある程度終えてしまうという 🐤
  • ”トキワ荘の長男”「寺田ヒロオ」とは、何者だったのか。~特に『俗悪漫画』批判など

    トキワ荘伝説の中では、漫画家仲間たちを先輩として物心両面で励ました『兄貴分』として知られていますが、最後は自分の理想と現実の少年漫画の潮流が相容れず、漫画の世界から去っていった、哀しい一面も知られています。その考え方、生き方はどう評価されるべきでしょうか。企画展が開かれた関係もあり、twitterではいくつかの話題があったので集めてみました。

    ”トキワ荘の長男”「寺田ヒロオ」とは、何者だったのか。~特に『俗悪漫画』批判など
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2021/02/25
    テラさん・・🐤
  • 幻覚、幻聴、地獄の日々を超えて…芸人・ハウス加賀谷の現在地(FRIDAY) - Yahoo!ニュース

    ハウス加賀谷さん、16歳のとき統合失調症を発症。闘病のなかで「正の力」で生きると定めた。2月の誕生日で47歳になる 「ちゃんとしたハウス加賀谷ってなんだ?と思ったんです。ちゃんとしたハウス加賀谷なんて、だれも求めていない。そんなことに悩むのは、無意味ですよね」 【画像】ハウス加賀谷と松キックのいま 統合失調症に苦しみ、精神科に入院。幻聴や、幻のスナイパーに命を狙われる「幻視」の恐怖に震える毎日を送ったこともある、お笑い芸人のハウス加賀谷さん。地獄のような日々から復活した彼の「言葉」が、今、多くの人を元気づけている。 ◆再び「か・が・や・で~っす!!」が言えるまで 2月5日、お笑いコンビ「松ハウス」は、新宿歌舞伎町の小さなライブハウスの舞台に立っていた。ぶっきらぼうな印象の松キックと、ピチピチのラメシャツにピチピチのピンクのパンツを身につけた坊主頭のハウス加賀谷。40人ほどの観客に漫才

    幻覚、幻聴、地獄の日々を超えて…芸人・ハウス加賀谷の現在地(FRIDAY) - Yahoo!ニュース
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2021/02/24
    大川興業って言ったら、エガちゃんとこの人 🐤
  • 職歴の無い元炎上ブロガーが大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働きだした

    俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。 1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。 元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。 もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。 そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。 俺は元はてなブログの炎上ブロガーだ知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。 だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressでは

    職歴の無い元炎上ブロガーが大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働きだした
  • 「成果出そうレース」を降りた男なんて、好きじゃねぇじゃんお前ら|モテコンサル勝倉

    生まれた瞬間、男性が強制参加させられる「成果出そうレース」の残酷さ | 男と女、どっちもつらいよ | 描き子 | cakes(ケイクス) 男女間の対立を減らすにはどうしたらいいかを、twitterで人気の描き子さん(@kaqico)が考えていくこの連載。今回の cakes.mu 内容をかいつまむと、 ・男性は、学歴仕事で勝ち抜き、高い成果を出し続けないと、世間から認められない ・このレースから降りる=価値がない人間、という感覚が蔓延しているので、辛くとも降りられない ・男性は、存在そのものをもっと認められてもいい と、いったもの。 うん。ほんとに男性は、常に競争に晒されていて大変ですよね。 きっと太古の昔から、社会的な成功を収め、序列の上に立たないと生き残れなかったんでしょう。 だから今でも、男性は競争・勝ち負け・序列に非常にこだわりますし、とてもセンシティブになっているように思います。

    「成果出そうレース」を降りた男なんて、好きじゃねぇじゃんお前ら|モテコンサル勝倉
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2021/02/14
    「成果出そうレース」から降りると楽だけど、99 %、「異性獲得レース」からも脱落する事を意味します。ほとんどの男が仕事だ成果だ効率だと頑張る理由がこれ。モテたきゃ成果出せって事 か 🐤
  • 認知症の祖父が「満を持してボケる」10年以上前から準備していたこと「覚悟がすごい」「かっこええ」発症後のエピソードも「ラブリーすぎる」

    ごまたん(独身) @gomachan_ks 祖父の認知症はこのツイート当時より進行、寝付きが悪くなり夜間譫妄も始まりました。薬が効かず大変でしたが、カラオケで体力を奪い眠らせる作戦が効果覿面でした。費用もそんなに高くないので紹介します。 FireTVstick約5000円amzn.to/2X37ruo おうちDAM月額880円clubdam.com/app/karaokeAtD… ごまたん(独身) @gomachan_ks 家族は祖父の間違いを正さず、寧ろ話に乗ります。例えば祖父が旅行気分の時は添乗員を演じ、スナックに来たと思っている時は『突き出しです〜』と言って事を出し、外商に間違えられたら適当に物を売ります。デイサービスの方々も番台や三助を演じてくれて有り難い事です。混乱が格段に減ります。 pic.twitter.com/jSAEf7mRHH

    認知症の祖父が「満を持してボケる」10年以上前から準備していたこと「覚悟がすごい」「かっこええ」発症後のエピソードも「ラブリーすぎる」
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2021/01/02
    3日連続のくだり良い 🐤ww
  • 56歳・元日本人傭兵の何とも壮絶で快活な半生

    コンテンツブロックが有効であることを検知しました。 このサイトを利用するには、コンテンツブロック機能(広告ブロック機能を持つ拡張機能等)を無効にしてページを再読み込みしてください。 ✕

    56歳・元日本人傭兵の何とも壮絶で快活な半生
  • 子を産んだ話 - ドクダミ自由帳

    こんにちは、ドクダミ淑子です。 タイトルにもありますように、某月某日に・・・出産しました。 今回はその時のメモをまとめたものをお送りします。 1日目 その日は往復40分(おやつ休憩あり)のウォーキングをし、夕飯をべてお風呂に入り、いつものようにブログを書いていました。 あれ?なんだか椅子の座り心地がいつもと違う。 腰がズーンと痛い気がする。 でも、予定日まであと2週間以上あるけどなぁ・・・ 念のため、少し横になりました。 あれ?何かがジワジワ漏れている気がする。 トイレに行くと、バシャッと水のようなものと、すこしの鮮血。 これは・・・破水とおしるしってやつではないか? 23:30ぐらいに病院に電話し、3日前くらいにやっと準備が終わった入院バッグをもってもらい、夫と共にタクシーで病院へ。 そして、やっぱり破水してるので、そのまま入院。 オバチャン助産師さんに見てもらい、心拍モニターを取ると

    子を産んだ話 - ドクダミ自由帳
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/12/25
    「出産」のリアル。みんな読んでみて。おめでとうです 🐷 ✨
  • 「満足なブタでいるよりも不満足な人間でいたい」台湾で「年収60万円」生活の大原扁理さん | DANRO

    社会と距離を置き、少しだけ働いて、なるべく出費を抑える生活を楽しむーー。ライターの大原扁理(おおはら・へんり)さんは、そんなミニマムなライフスタイルを「隠居」と呼び、10年近く実践してきました。 週に2日だけ働き、年収90万円で生きる。そんな隠居生活を6年間、東京で送ったのち、台湾移住。今度は1カ月働いたら2カ月休むというスタイルの「年収60万円」生活に切り替え、3年半が過ぎました。 そんな日々をまとめたが『いま、台湾で隠居してます』(K&Bパブリッシャーズ)として、12月に出版されました。現在は「コロナ禍」で一時帰国している大原さんに話を聞きました。 いずれ台湾での隠居生活を再開させたいという大原さん。台湾の人たちには、外国人や性的少数者、障害者といったマイノリティ(少数派)を「いつかは自分も当事者」と受け入れる寛容さがあると見ています。 「台湾には人間関係のグラデーションがあった」

    「満足なブタでいるよりも不満足な人間でいたい」台湾で「年収60万円」生活の大原扁理さん | DANRO
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/12/25
    週休5日の先輩。台湾って適当なのか・・いいなあ 🐤。。
  • 僕のしょうもない人生を紹介します

    大西拓磨です。21歳、ニートです。 このたび、縁あって、ここで何か書いていい権利をいただき(、そこから半年が経ち)ました。 とりあえず、僕のここまでの人生をザバーと紹介して最初の記事と代えようと思います。 1999-2011 横浜で、両親の反対を押し切って生まれました。父と母が毎日のように喧嘩している間、僕はどちらの膝にも座れるのが楽しかった思い出です。 内気ながら足が速かったので小学校では男1女6で遊んでたし、うち2人に告白されました(ここで自殺しておけば...)。 これはその頃に描いた船の絵と その間取りです。 2012-2014 3分の1が東大に行く中高一貫男子校に入れさせられましたが、勉強嫌いだったのでずっと遊んでました。 雪だるまに土下座させたりとか、 ポテトで悟空作ったりして。 あとずっとパズドラやってた。無課金で属性一面+297を達成したのは僕が史上初でした(伝わらない)。

    僕のしょうもない人生を紹介します
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/12/25
    面白い🐤
  • おかん死去 - 悠久バプテスマ

    11月30日0時ごろに、おかん死去。 死因は肺高血圧症と間質性肺炎ということだった。もともと、指定難病である強皮症という病気にかかっており、そう診断されたのが約8年前。強皮症自体の5年後生存率は、ググると90%台という情報もあり、そんなに低くないようだが、さらに条件付けがあるとガラリと変わるようで、医者には5年後生存率は約半分と言われていたようだ。死因となったような病変を持っていることによって、予後が著しく悪化するらしい。8年ならよく頑張った方だという。 俺は高校卒業からずっと地元から遠く離れて生活を送っており、父とおかんと6つ下の弟が実家でずっと暮らしていた。俺が小学生のころに、両親が身の丈にあわない持ち家を購入した。それは、仮にローンを完済するまで順調にいったとしても、父が定年退職した後も高額の返済が続くことになっており、明らかに俺や弟の将来的な稼ぎに手を突っ込んだ計画になっていた。俺

    おかん死去 - 悠久バプテスマ
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/12/03
    合掌(ー人ー)
  • コロナ禍の中無職になった奴の叫び

    金がない。 コロナのせいではないが、運悪くこのタイミングで無職となった。 ハローワークへ行く。「ハロワの求人にロクなもんはない」と分かっていても、行かねばならぬ。 あの空間には慣れたものだが、あの新型の感染症が流行してからは更に悲壮感の漂う施設だ。 秋の冷たい風が吹く。 周りのオフィスビルには毛玉一つないニットやシワひとつないスーツに身を包んだ男女が吸い込まれて行く。 しかしこのハローワークに足を踏み入れるのは、私のように毛玉だらけのセーターを着た小汚いやつばかりである。 もちろん綺麗な服を着た人もいるが、だいたいは私と似たようなもんだ。 「今日の新着求人」が貼り出されたボードに群がる人々。 誰一人言葉を発することもなく、貼り出された求人票を眺めている。 私もその中に入らせていただき、今日のNEW案件をチェックする。 洗い場、950円、初心者歓迎、正社員登用実績あり、各種保険完備… さて、

    コロナ禍の中無職になった奴の叫び
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/11/12
    いい文章だ・・職が見つかりますように🐤。。
  • 何も頑張れなくて人生つまらん

    やりたくないこと、やるべきことができないのは「俺クズなんだなあ」でまだ納得できるんだが、やりたいはずのこと、好きなはずのことができなくて人生つまらん。 「明日までにこれを提出しなければいけない」という消極的な目標はもちろん、「この資格とりたい。頑張ろう!」とポジティブに決めた目標も全然頑張れなくて「やっぱりやりたくなかったんだな…あの高揚感はなんだったんだ…」と落ち込む。 当はゲームしたり絵描いたりしたいのに今のようにダラダラ増田やらふたばやら5chやら見てしまっている。ここらへん時間が無駄に早く過ぎていくわりに得られるものもないし特に楽しい!!!!!ってわけでもないので何故見てるんだろう…と自分でもすごく疑問に思う。そしてそのまま一日を潰し自己嫌悪が積もる。 一人で映画や美術館に行こうとなんとなく計画を立ててもだんだん面倒になってきて結局いかないことが多い。その割りに公開終了後や展覧会

    何も頑張れなくて人生つまらん
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/10/31
    わしやないかい・・この前のセルフハンディキャップも関係あるな。日記がおすすめかも。増田ができるんだったら、やった事を記録してアウトプットするとか 🐤
  • 取り返しのつかない人間が職場に来た

    30歳過ぎたあたりで、突然気づいたんだけど 「意識高い系」を見かけなくなったなと気が付く。 なんというか、野球バカは野球する側から見る側になって、オタクはアニメ見ずにVtuberのラジオ聞いてるし、キラキラ系女子は子育てマウントに移行してる みたいな「年取っていく過程で元気がなくなっていってる」という現象は見受けられるんだけど、 相も変わらず、野球バカは野球好きだし、オタクはかわいいアニメの女が好きだし、キラキラ女子はずっと誰かと何かと戦い続けているっていう根底は変わっていない。 けど、どうも大学3年生くらいに雨後のタケノコかってくらい湧いて出てた「意識高い系」がどこにもいない。 若さ特有の自意識に飲み込まれている感覚も、就活を終えて年を取ると同時に消えてしまい、何か特別だと思っていた自分は超ドドド級の凡人だと気づき、 クソみたいな上司に叱られながら「まあ、人生ってこんなもんだよな」とあき

    取り返しのつかない人間が職場に来た
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/10/03
    落合本とかサロンへの課金を全部やめて目の前の実務の勉強だけ続けられたら全然大丈夫でしょう。知らんけど 🐤
  • 仕事って10年やったら飽きない?

    流石にやりきった感ある 40代とかってもう飽きてる奴らばっかなのかな

    仕事って10年やったら飽きない?
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/09/09
    仕事ごときにワチャワチャするのが嫌なので、飽き飽きしてる今がちょうどいいです。贅沢やな〜、と 🐤。。
  • 仕事辞めて数年経った友人が老害みたいになってきてつらい

    タイトルが全てなんだけど。 激務な代わりに収入も貯蓄もあって5-10年は引きこもれると言ってた友人が家庭環境の変化で仕事を辞め、その後家庭の問題も落ち着いて、「ずっと忙しなかったし少しのんびり趣味でもやって過ごすわ」となってから数年。 最初の1年ぐらいは楽しげに趣味に生きてて「いいなー、羨ましいなー」とか話してたけど、2年目の途中ぐらいから如何にもネットがどこかで拾ってきたような浅い知見を披露することや、著名人を含め他人を非難するような発言が増えてきた。 3-4年ぐらい経った今となっては話しててもすぐに何かの批判になったり、自分の経験だけから何かを決めつけるような発言が増えて、話すのもしんどくなってきた。 元々は大らかでやたらと自慢したり他人をすぐに批判したりするようなタイプではなく、また忙しいながらも色々なを読み、「賢者は歴史に学ぶ」のように思い込みを排除して判断しようと努めるようなタ

    仕事辞めて数年経った友人が老害みたいになってきてつらい
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/09/08
    俺も「現実<ネット」になりつつあるわ・・気を付けよう 🐤
  • インターネットで表舞台に立たなくなってから、もうずいぶんと長い年月が..

    インターネットで表舞台に立たなくなってから、もうずいぶんと長い年月が経つんですけど、別にインターネットと縁が切れるわけでもなく、今日も俺は教え子に脅迫されるやつの最新巻を電子書籍で購入してその場で読み、サブスクでアルカテイル聞きながらはてなのトップページ見てるわけなんですけど、俺は冬燕ちゃん派です。おっさんになってくると「家でごはんつくって待っててくれる」みたいな部分に脆弱性が発生して絶望する。 いまやもう大文字の「インターネット」なんてものもどこにあるんだかわからんですが、てゆうかそんなものはもうなくて、世間様だけがあるんですけども、そういう意味で、あれまなめさんだったかな「ツイッターはインフラ」って言ってたの、あれめっちゃ質だったなあという気がします。 めっきり個人ブログの入らなくなったホッテントリ見てて、俺あんまり感傷ってものと縁のない体質なんですけど、俺かつてここにいたんだよなあ

    インターネットで表舞台に立たなくなってから、もうずいぶんと長い年月が..
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/08/12
    「親戚に一人はいる妙な大人」わしやないかい Σ🐤‼️
  • 享年17歳の闘病ブログが10年後の今も残る意味

    コンテンツブロックが有効であることを検知しました。 このサイトを利用するには、コンテンツブロック機能(広告ブロック機能を持つ拡張機能等)を無効にしてページを再読み込みしてください。 ✕

    享年17歳の闘病ブログが10年後の今も残る意味
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/08/05
    儚い・・🐤
  • 引きこもりを脱出した

    大学卒業後7年間引きこもっていたのだが、心機一転働き始めて約1年になる。その経緯を記しておこうと思う。 子供の頃プライドが高く、失敗や恥を極度に恐れる性格だった。 というのも、幼少の頃、一つ上の兄とは別に母方の実家で年下の従兄弟と一緒に祖父母に育てられたり、 父親に無意味に脅かされたり(曲がり角や暗がりから「ワッ!」と言って脅かしてきた)、小さな失敗を蒸し返して執拗にからかわれたことなどが影響したためだと思う。 自分から心を開くことはなく、相手が心を開いているかどうか疑いながら仮面を被って人と接してきた。 大学生の頃初めての一人暮らし、滑り止めで受かった大学では周りに馴染めず(若者が怖い)、居場所は2ちゃんねるだけだった。大学は憂と不安と恐怖と怠惰にまみれた日々だったと言える。 高校の頃から長らく体調不良気味(慢性的な下痢・眼精疲労)だったのも関係しているかもしれない。 勉強のやる気を失

    引きこもりを脱出した
    color-hiyoko
    color-hiyoko 2020/07/06
    引きこもりも一時的ならいいんだけど、ずっとはねえ🐤