2人の兄の影響でサッカーをはじめ、中学生時に読売メニーナに入団。高校3年時に読売ベレーザへ昇格した。左肩の脱臼癖や右足の開放骨折など様々な困難を克服し、2004年アテネオリンピックではアジア地区予選で北朝鮮、本戦でスウェーデンという強豪からゴールを奪い注目を浴びる。 2008年オフ、翌年から開幕する予定であったWPSからドラフト指名を受け、2009年2月初頭のベレーザ新体制発表時までにはアメリカへの移籍が正式決定しなかったため、ベレーザの背番号30番として荒川も登録されていたが、2月13日にFCゴールド・プライドへの移籍が発表された[2]。同クラブでは19試合に出場し1得点を挙げた[3]。 2009年8月、古巣の日テレ・ベレーザに復帰した[4]。 2013年1月、浦和レッズレディース(2010年3月-2012年12月)からASエルフェン狭山FC(現ちふれASエルフェン埼玉)に移籍した。 2