空白の9カ月「嫌われているのかな」 初めて日本代表に選出されたのは、プロ2年目となる1998年2月のオーストラリア合宿だった。フランスW杯本大会を前に、新戦力の発掘を目論む岡田武史監督から声がかかったのだ。 フィリップ・トルシエ監督時代に日本代表に定着し、続くジーコ監督からは10番を託され、2006年ドイツW杯に出場。自身2度目のW杯となった10年南アフリカ大会を最後に、青のユニフォームを脱いだ。 こうして日本代表の成長期を主軸として駆け抜けた俊輔には、一時的に代表メンバーから外れた時期がある。 空白の期間とも言うべき9カ月――。 ドイツW杯グループステージ最終戦のブラジル戦から、07年3月のペルーとの親善試合までの期間である。 俊輔だけではない。ドイツW杯終了後に日本代表監督に就任したイビチャ・オシムはその間、欧州組を一切招集しなかった。 「なんで呼ばれないんだろうな、っていうことは考え