毎年この時期のブログを読みかえすと、いつも桜の花弁の散りかたについて書いている。今日も、じつは大学の桜並木から風もないのにおびただしい花弁がカーテンか滝のように散り続けているのを見た。中原中也との最後の思い出を小林秀雄が書いた短いエッセーに、鎌倉の寺の境内にある海棠は、あれはわざと花弁を散らしているのだ、何という静寂、何という完璧さ、と書いていたそんな感じもあった。しかし、無粋なことを言うと、それはなんだかむせかえる杉花粉のようにも見えて、鼻がムズムズしてしまった。 さて、表題のこと。昨年から編集委員を仰せつかっていた国際交流基金の雑誌『世界の日本語教育』が今回の19号をもって休刊となってしまった。国立国語研究所の日本語教育部門が解体されることになり、国際交流基金も必死に生き残り策を考えているらしいが、その一貫で、雑誌は当面休刊ということらしい。 ぼくのように海外で日本語教育を始めた人間に
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