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ブックマーク / blog.livedoor.jp/easter1916 (3)

  • ララビアータ:大西巨人『神聖喜劇』 - livedoor Blog(ブログ)

    大西巨人氏が亡くなった。『神聖喜劇』は戦後日文学が生み出した巨峰である。氏の偉業を悼み、以前『理想』誌に書き、その後拙著『神学・政治論』(勁草書房)所収の私の神聖喜劇論を掲載しておく。 [革命的主体について――『神聖喜劇』論] 戦闘激烈ニシテ死傷続出シ或ハ紛戦ヲ惹起(ジャッキ)シ命令徹底セザルカ又ハ指揮官ヲ失フモ兵ハ戦友相励マシ益々(マスマス)勇奮率先其ノ任務ニ邁進スベシ。若シ敵兵我ガ陣地ニ侵入シ射撃不能ニ陥ルモ自己ノ銃剣ニ信頼シテ格闘シ縦(タト)ヒ最後ノ一人トナルモ尚毅然トシテ奮戦シ火砲ト運命ヲ倶(トモ)ニスベシ。       (戦闘間兵一般ノ心得) 危機において、例外状況においてこそ、物事の質が露呈するという主張は、必ずしも常に正しいとは限らないとしても、国家というこのつかみどころのない実体に関して言えば、戦争という例外状況の中に、その質の一端があらわになるということは、なお真理

  • ララビアータ:丸山眞男と大西巨人 - livedoor Blog(ブログ)

    間宮陽介氏の『丸山眞男を読む』を読んだ。以前にも一度読んだ気がするが、その時の印象はあまりなかった。読み直して、行き届いた良書という印象。批評的エッジという点では、梅克己や鎌田哲哉氏の丸山論には及ばないかもしれないが、丸山の問題意識に即して、あくまでも内在的に丸山の所論を読み解く一貫性と包括性という点で、他の追従を許さないものではなかろうか? 今回は、特に丸山の名著『忠誠と反逆』をめぐって考えてみた。 丸山は、我が国の武士道を、ヨーロッパや中国の封建的イデオロギーとの対比において、主君に対する無条件の人格的帰依という主観的・非合理的要素が圧倒的であるとして、契約関係に基礎を置いたヨーロッパのそれとも、治国平天下の普遍的世界秩序のもとに、主従関係を体系的に位置付けた儒教的イデオロギーとも、違う特徴を持つものと見た。もとより、単なる主観的感情だけでは、己れを律する規範的イデオロギーとはならな

    doroteki
    doroteki 2015/05/12
  • ララビアータ:白洲次郎の徴兵逃れ - livedoor Blog(ブログ)

    最近、白洲次郎を取り上げたテレビドラマjavascript:void(0)の一部を見る機会があった。これがどの程度史実に合致しているものなのか分からないので、あくまでもこのテレビドラマ作品に描かれた人物に関して感想を述べるしかないが、描かれた白洲次郎が、徴兵制逃れをしているのには驚いた。当時、それは容易ではなかったのではないか? よほどのコネがあったということなのだろう。 当時に生きているわけではないわれわれが、これを外から批判することはためらわれるが、徴兵制を逃れたとしても、その後の生き方が問題であろう。よくも戦後のこのこと、国家枢要の地位につく気になれたものである! 同じように戦争に参加する意義を見いだせずに苦しみながら、徴兵に服した青年が多くいたことは、吉田満の『戦艦大和の最後』や大岡昇平や大西巨人の戦争文学を見ても明らかである。そのような葛藤をいともたやすく小狡く逃れた人々がいたと

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