エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
黙祷──死者に捧げる無宗教儀礼の一考察
平成17年の秋、小泉首相の五度目の靖国神社参拝に対して、激しい抗議と批判が内外からわき起こりました... 平成17年の秋、小泉首相の五度目の靖国神社参拝に対して、激しい抗議と批判が内外からわき起こりました。日本の一部政治家や官僚、知識人が「首相参拝は憲法が定める政教分離原則に違反する」「戦没者を慰霊・追悼する公的施設は無宗教でなければならない」などと主張し、挙げ句には「戦犯」の「刑死」を「公務死」と認定した政府自身の過去の判断を忘れ、「戦犯分祀が無理なら参拝自粛か新施設建設を」と追悼施設議連を立ち上げたのは、偽善的ともいうべきであって、日本人一般の国民感情からも、世界の常識からもかけ離れているのではないかと思います。 不慮の死者たちに対して、とりわけ国に一命を捧げた国民に対して礼節を尽くすことは間違いなく文明国の責務であり、国に殉じた戦没者を慰霊・追悼する公的施設を一国の首相が国を代表して表敬するのは当然であって、その祈りが絶対的無宗教であり得るはずもありません。首相参拝が「違憲」だというなら