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権利を権理と訳した福沢諭吉 | 東芝弘明の日々雑感
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権利を権理と訳した福沢諭吉 | 東芝弘明の日々雑感
2011年12月14日雑感 一般質問が終了した。今回の質問は、準備の過程でいくつかの本を読んだ。準備をし... 2011年12月14日雑感 一般質問が終了した。今回の質問は、準備の過程でいくつかの本を読んだ。準備をしながら読んでいる本に夢中になった。こういう経験はめずらしい。 質問で紹介できなかったことがある。 以下に書くことは、「日本国憲法の精神」(渡辺洋三著)で紹介されていたことだ。 rightは「権利」と訳されているが、本来の言葉の意味には、法=正義=権利が一体のものとして入っているのだという。明治時代、rightを日本語に訳するときにかなり苦労したようだが、福沢諭吉さんたちは、rightを と訳した。「権理」の「理」には、ことわり、理知、真理というような意味がある。 「理知」という言葉の意味を辞書で引くと、 1 理性と知恵。また、本能や感情に支配されず、物事を論理的に考え判断する能力。 2(理智)仏語。真如の理と、それを悟る智慧。 という意味が出てくる。 「真理」を辞書で引いてみよう。