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明暗
1915(大正4)年、大正天皇即位大典記念事業の一環として、新図書館の建設が決定。当時、文相であった高... 1915(大正4)年、大正天皇即位大典記念事業の一環として、新図書館の建設が決定。当時、文相であった高田早苗(1860~1938)は 「欧米何れの大学に於いても、図書館及び研究室が其中心となつて居る(中略)欧米の諸大学に於ける夫等の設備と我が早稲田大学の夫れとを比較して見れば月と鼈との相違があるので、 殆んど唖然たらざるを得ざるのである」(『早稲田学報』第249号)と図書館設備整備の必要性を述べている。かくして10年後の1925(大正14)年、東洋一を誇る図書館が誕生した。 ホール正面に壁画を飾るのは当初からの予定であったが、いざ建物ができると「ぜひ大家の名画を !」という希望が生れてきた。 そこで当時、総長に就任していた高田早苗が、親交のあった横山大観(1868~1958)・下村観山(1873~1930)に依頼。そしてできたのがこの名画『明暗』である。 この画題は大観が想を示し、観山が同