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ブックマーク / matakimika.hatenadiary.jp (2)

  • やはり人間密度感の高すぎる世間を渡っていくには祈りの部屋が必要 - matakimika@hatenadiary.jp

    暮らしと比べて圧倒的にソーシャル密度の高い現状のインターネットは、かつてあった「無人の野に無数の人々の痕跡をみつけてゆく」ようなインターネットの姿とはまったく違う。ソーシャルはいまやほとんど物理的な圧力まで伴ってプライベートの箍を押しつぶす。匿名&半匿名ユーザにおいてインターネットに対する巨大なプライバシー領域といえば暮らしのことだが、「ネット=仮想:暮らし=現実」みたいな牧歌的な話で誤魔化せた時代でもない。現実のウサを別の現実に持ち込んでもつまらない。もっと強力で無関係なプライベートが必要だ。キリシタンじゃないので懺悔とかは要らないが、己と向き合ったり向き合わなかったり、なにかと向き合ってるうちに自分や他人が消えたり現れたりするような、押入れとか秘密基地とか地下研究室とか、なんかそういったものがあったほうがいい、べつにそれは現実上になくても構わない。というような筋合いで。 インターネット

    やはり人間密度感の高すぎる世間を渡っていくには祈りの部屋が必要 - matakimika@hatenadiary.jp
    godfrey
    godfrey 2012/10/22
    「インターネットでフレームアップしがちなひとは、インターネットの合間にシングルプレイのゲームを挟んではどうか」
  • オタ感覚今昔 - matakimika@hatenadiary.jp

    現代若オタ向けにアレンジされたなぜオタ打ちの名手である W 氏の web 日記には自アン各界の注目が集まるばかりか、なぜオタの伝統を知らないようなイノセントな若者に日影の愉しみを刷り込む役割すら期待されて当然なのだが、A 氏がそこのトラップに引っかかって一時的に心が折れた的なことを Twitter に書いていて興味深かった。なぜオタが己の身に当てはまりまくるところまでは受け取り方として正しいのだが、そこでへこむあたりがオタク新世代ならではかなという。旧世代オタは、なぜオタの窪地に落ち込んでも、べつにへこんだりはしないのだよな。 そのあたりの漠然とした感覚を言語化すると以下。 旧世代オタには、これまで「こんにちはクズでーす」とか、悪評をよそからわざわざ買ってきてでも自分とこに引っ張ってきたという経緯があるわけなんだけど(←用語「オタク」自体来他者からの蔑称だったのが、結局オタクの自称に置き

    オタ感覚今昔 - matakimika@hatenadiary.jp
    godfrey
    godfrey 2008/02/25
    十代の頃は、みんな正規の手続きにこだわってしまうものじゃないのだろうか…。そこで挫折しまくってオタクとしての処世を身に付けていくのだと思っていた。
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