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socialに関するgrindrockerのブックマーク (72)

  • 携帯電話のマネー機能が途上国で大活躍、庶民の味方に

    ケニアの首都ナイロビ(Nairobi)で、携帯電話を使って送金する男性(2007年4月23日撮影)。(c)AFP/TONY KARUMBA 【2月22日 AFP】給与の振り込みに家族への送金――銀行やATMの数が少ない途上国で、携帯電話が「個人銀行」として活躍している。 ■銀行口座がなくてもOK 銀行口座を持たない人でも給料の受け取りや公共料金の支払い、送金などができる携帯電話のマネー機能は、世界各地の特に地方やへき地で強力な金融ツールとなりつつある。 「携帯電話を持っているが、銀行口座を持たない人は、世界で10億人に上る」と話すのは、移動体通信業界団体「GSMアソシエーション(GSM Association、GSMA)」のギャビン・クルーゲル(Gavin Krugel)取締役だ。 携帯電話を通じた銀行取引「モバイルバンキング」の人気もうなぎ上りだ。6年前にモバイルバンキングを開始したフィ

    携帯電話のマネー機能が途上国で大活躍、庶民の味方に
  • ベーシック・インカムよりも怠け者同盟の社会|フランスの日々

    ベーシック・インカムよりも怠け者同盟の社会|フランスの日々
  • 100年前の技術から現代への教訓を学ぶ(15.365 Disruptive Technology) - My Life After MIT Sloan

    今日は私がTAをやっている、Utterback先生のDisruptive Technologyの授業を紹介。 授業では、イノベーションがどのように起こり、普及し、進化していくか、の普遍的な基法則を学ぶ。 現代技術だけじゃなく、電球、ガラス工業、氷産業など、ボストン発の歴史的な技術を振り返って学ぶんだけど、 昔の技術からの学びが、現代の技術にも通じるところがたくさんあって、非常に面白い。 先週は、白熱電球の技術を振り返り、技術が進化や普及の過程に現代の技術との共通点を学び、 現代の技術に生かせる教訓を学ぶ。 当時の電球を見せて、電球の歴史を解説するUtterback先生。 右側のスクリーンに写ってるのは、テレコンで授業に参加してる学生。 1) 技術力だけでは勝てない。業界や消費者の動き方を変えないのは新技術普及の鍵 白熱電球を発明して、最初に発明した普及させたのはご存知エジソン。 1880

    100年前の技術から現代への教訓を学ぶ(15.365 Disruptive Technology) - My Life After MIT Sloan
  • 「ヤマザキパンはなぜカビないか」論に見る一般人に対する騙し行為 長村 洋一 (鈴鹿医療科学大学)(pdf)

  • 「裾出し腰パン」を「皿仕上げ」でおいしくいただきましょう:日経ビジネスオンライン

    バンクーバーの空港に降り立った国母和宏(21歳、東海大)選手の服装は、あれはたしかに問題だった。 いや、問題だったのは「服装」ではない。「着こなし」だ。 服装自体について言うなら、彼はJOC支給のスーツを着ていた。その意味では、規則違反を犯していたわけではない。 が、結果は単純な規則違反よりもシリアスなものになった。マズかったのは、そのJOC謹製の背広上下を、「裾出し」、「ゆるネクタイ」、「腰パン」のカタチで着崩していたことだ。 「服装」よりも、「着こなし」が逸脱していたということは、「ファッション感覚」よりも「スタイル」が道を外れていたということで、このことはすなわち「ファッション」という外見的ないしは趣味的な要素よりも、より深く人格の根に直結する「生き方のスタイル」が、規則破りであったことを意味している。 と、これは、由々しき事態になる。 公式スーツが象徴する「スタイル」をコケにした

    「裾出し腰パン」を「皿仕上げ」でおいしくいただきましょう:日経ビジネスオンライン
  • うまいなwwこれを気に就活のやる気なくす人いそうだなwww:アルファルファモザイク

    442 /名無しさん[1-30].jpg :2010/02/03(水) 03:21:53 ID:SVYvHZ7O0 >>430 しかしこれ まるで韓国だな 日はまだここまでじゃない 地方に行けばまだある /名無しさん[1-30].jpg :2010/02/03(水) 04:33:51 ID:tO8IQQLE0 >>430 私の月収は53万っですって言われたらいかにフリーザが当時衝撃的なキャラだったか分かるな 430 /名無しさん[1-30].jpg :2010/02/03(水) 01:02:30 ID:OqSdLOiZP

  • 3ToheiLog: 人間の社会はニセ科学批判に耐えられるのかなあ?

    人間の社会はニセ科学批判に耐えられるのかなあ? 「ニセ科学批判」という運動は、根的に正しいことを言っているのだが、根的に難しい要素を含んでいる。難しい要素というのは、「人間社会がそもそもニセ科学的」であるという点に尽きる。 * なぜ人間社会がニセ科学的であるかといえば、人間の脳が致命的にニセ科学的であるからだ。つまり、 ○ 知っている範囲の知識を援用して、手当たり次第に「原因」と「結果」を捏造して、その仮定の下に行動する。 ○ 一度仮定を組み立てたら、よほど個人的に手痛い反証を受けない限り、その仮定を維持し続ける。 ○ 仮定に個人的な手痛い体験の反証が加わらない限り、スキあらばその仮定をもっともらしく他人に「教えて」伝えようとする。 人類始まってから、こういう「ニセ科学的な行動」というのは続いてきた。この膨大な歴史に比べると、近代科学の歴史など皮一枚に過ぎない。このシステムは、古くは占

  • 英国:政府が,携帯電話の窃盗防止策を強く要請 - Cyberlaw

  • ダルエスサラーム便り No.49 - ダーウィンの悪夢

    Habari za Dar es Salaam No.49 "Darwin's Nightmare" ― ダーウィンの悪夢 ― 根 利通(ねもととしみち) 今年の3月の「通信」No.47で触れたフランス映画「ダーウィンの悪夢」について、再度触れたい。一部内容は重複するので、最初にお許しを願っておきます。 「ダーウィンの悪夢」というドキュメンタリー映画(2004年製作)は、フランス、オーストリア、ベルギー製作となっている。監督はフーベルト・ザウパーはオーストリア生まれで、現在はフランス在住。この映画で16もの賞をもらい、日でも山形映画祭などで上映され、審査員特別賞をもらっている。さらにアカデミー賞のドキュメンタリー映画部門にもノミネートされた。幸いにも受賞を逃した。日でもアカデミー賞の発表の日(3月5日)に合わせたのかどうか、NHKのBS-1で放映された。私自身の感想・評価は「通信」N

  • トントン・マクート - Wikipedia

    トントン・マクート(ハイチ語:Tonton Macoute)は、ハイチのフランソワ・デュヴァリエ政権下の1958年に作られた秘密警察を母体とした準軍組織。組織の正式な名称は国家治安義勇隊 (Milice des Volontaires de la Sécurité Nationale, MVSN) とされた。 概要[編集] ハイチの民間伝承上の「子供の誘拐魔」が、その名の由来である。クリスマスには、よい子の家にはサンタクロース(クレオールではトントン・ノエル、「クリスマスおじさん」)が来るとされるが、悪い子の家には「ナップザックおじさん」「南京袋(麻袋)おじさん」が来て子供をさらうとされる。これがトントン・マクート(トントン=父さん・おじさん、マクート=麻袋)である。米国などでいう「ブギーマン」と同義である。 トントン・マクートは独裁者となったハイチ大統領・フランソワ・デュヴァリエが、独裁

  • そんなことを訊かれても - 内田樹の研究室

    仕事始めに取材がふたつ。 太田出版の『atプラス』という雑誌と、『週刊プレイボーイ』。 媒体は違うが、たぶんどちらも対象としている読者の世代は同じくらい。 20代後半から30代、いわゆる「ロスジェネ」世代とそれよりちょと下のみなさんである。 生きる方向が見えないで困惑している若い諸君に指南力のあるメッセージを、というご依頼である。 『atプラス』の方はかなり学術的な媒体なので、「交換経済から贈与経済へ」という大ネタでお話しをする。 「クレヴァーな交換者から、ファンタスティックな贈与者へ」という自己形成モデルのおおきなシフトが始まっているという大嘘をつく。 もちろん、そのようなシフトは局所的には始まっている。 けれども、まだまだ顕微鏡的レベルの現象である。 それを「趨勢」たらしめるためには、「これがトレンディでっせ」という予言的な法螺を吹かねばならぬのである。 めんどうだが、そういう仕事を電

  • 史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?

    「みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだというだろう。 けれどもお互い他の神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう」 (宮沢賢治『銀河鉄道の夜』初期形第3稿より) 人が、自分の生まれた村や町で一生を終えていた時代には(想像もつかないほど昔のことじゃない。時間にすれば、人類の歴史のうちほとんどがそうだった)、接する人たちは皆顔見知りで、村や町みんなで同じ神様を祭ったり拝んだりしていた。 コミュニティの中や近くにある岩やらトーテムを、コミュニティのみんなで拝んでおけば、自然と一体感がうまれてうまくいった。 これが原始的な宗教のかたちだった。 そして同じ神様を祭ったり拝んだりする人たちが、要するに「仲間」だった。 ところが、多くの人間が互いに大きく移動し合い、一人の人間がいくつもの集団に所属したり、見も知らぬ人の集まりがあちこちにできたりする時代となると、「同じモノを拝む奴

    史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?