電力を供給する仮設ケーブルを視察する福島県と地元の楢葉町、富岡町の担当者ら(8日午後、福島第二原発一号機付近で)=佐藤俊和撮影 東日本大震災以来、初めて報道陣に公開された東京電力福島第二原子力発電所。 敷地内には津波の爪痕が残るが、原子炉建屋や格納容器内に損傷はほとんどなく、メルトダウン(炉心溶融)から水素爆発に至った第一原発との違いが際だった。 「これが仮設の電源ケーブル、第二原発を救った命綱です」。敷地内に巡らされたケーブルを指し、福島第二原発の設楽親(したらちかし)副所長(52)が説明した。昨年3月11日の震災直後、ヘリコプターで東電の資材センター(茨城県土浦市)から運び込んだ。100人を超える作業員が12日未明から2日間、夜を徹して敷設し、冷却に必要なポンプに電源をつなげ、津波で失われていた冷却機能を回復させた。 海岸近くでは津波で破損した設備が見られたが、1号機南側には高さ約4メ