郷愁に彩られた「大正浪漫」 私は大正時代というと、真っ先に竹久夢二の美人画を思い起こす。その繊細で、はかなげな女性の表情と物腰は、少年時代の私の心に深く残った。「大正浪漫」の精華である。 あるいは大正初期を舞台とした井上靖の自伝的小説『しろばんば』。着物姿の子供が空中を舞う小さな生き物を追いかける、古き良き情景が思い浮かぶ。同時に嫁ぎ先で亡くなった若い叔母への秘かな想い。年上の女性へのほのかな恋慕の情がそこにはあった。 ドイツ・ワイマール共和国を研究している私には、ワイマール時代と大正時代の面影がどうしてもだぶる。もちろん年代的にかなり重なり合っている。しかしそれ以上に、戦前の強面の社会世相にあって、両国で唯一、自由にあふれた甘酸っぱい郷愁を感じさせる。産業社会の高度な発展のもとで都市に人びとが集まり、大衆文化が花開いた時代だった。 今回は大正時代に焦点を当て、ワイマール共和国との類似点や