2週間ほど、仕事関係でちょっと追われたせいで、ブログはあいだが空いてしまったが、ぼちぼち通常の活動に戻ろうと思う。というわけで、再び(みたび?)、政治の問題として情動の話。政治と情動を一続きのものとして扱う発想は、フェリックス・ガタリ『三つのエコロジー (平凡社ライブラリー)』(杉村昌昭訳、平凡社、2008-2016)でも共有される問題だ。この小著、原著は89年刊でありながら、政治的に無名時代のトランプが不動産王として、家賃の搾取などで貧困層を圧迫してホームレスを増産していることを批判した一節があり、一時期ネットでも話題になっていたように思う。改めて読んでみると、全体の話の流れは、相互補完的な三つのエコロジー(社会的エコロジー、精神的エコロジー、環境エコロジー)を再編し、社会・個人の実践を再構成しようという主張に要約できる。ここで言うエコロジーは、いわば様々な要因によって固着・汚染されして