連休の1週間前の週末、丹沢山塊に登り、鍋割山(1272m)山頂にある鍋割山荘*1の鍋焼きうどん(1200円)*2を食べてきたが、小屋に浩宮と呼ばれていた時代の天皇徳仁(私が行った時点では皇太子)の古ぼけた写真が貼ってあった。昭和時代、徳仁がまだ20代の頃の写真だった。ネット検索をかけて下記ブログ記事を見つけたが、小屋に貼ってあったのは下記リンクの記事中にある写真だったかも知れない。 blog.goo.ne.jp ここに限らず、全国であちこちに徳仁が泊まったり立ち寄ったりした山小屋があるが、それらの小屋では「皇太子」の表記を「天皇」に書き換えたりしたのだろうか。 ここ数日、テレビは前天皇夫妻と徳仁夫妻の宣伝に余念がなく、うんざりさせられるが、徳仁はプロ野球では(私が忌み嫌う)読売のファンだった。但し、長嶋や王といったメジャーどころではなく、末次民夫の大ファンだったという。これまでも、大昔に読

