孤独なティーンエイジャーだった小川洋子が『アンネの日記』を見つけたとき、彼女はこの本にひどく魅了され、自分でも日記をつけ始めた。まるでアンネが大切な友達であるかのように、小川はアンネに宛てて日記を書いた。 ナチスから逃れるため、隠れ家で身を潜めていたアンネの経験を自分でも感じようと、小川はノートを持ってたんすの中やキルトがかかったテーブルの下によく潜り込んだ。 「アンネの心と精神は非常に豊かでした」。現在57歳、40作を超える小説と作品集の著者である小川はそう話す。
第73回ベルリン国際映画祭のオープニングにビデオ出演したウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領(2023年2月16日撮影)。(c)Ronny HARTMANN / AFP 【2月17日 AFP】16日に開幕した第73回ベルリン国際映画祭(Berlin Film Festival)のオープニングに、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー(Volodymyr Zelensky)大統領がビデオ形式で登場し、ロシアの侵攻を受ける自国への「連帯」を映画界に呼び掛けた。映画祭では、米俳優・映画監督ショーン・ペン(Sean Penn)さんの手掛けた同大統領のドキュメンタリーが初上映される。 ペンさんがスクリーンに映し出されたゼレンスキー氏を紹介すると、観客はスタンディングオベーションで迎えた。 トレードマークのトレーナー姿のゼレンスキー氏は「映画は世界を変えられない。だが、世界を変えられる人々
『ラ・ラ・ランド』(2016年)で、映画界を含めたロサンゼルスのショービズ界の光と影を、ファンタジックに描いたデイミアン・チャゼル監督。この作品でアカデミー賞監督賞を最年少で獲得した彼が、1920年代のハリウッド映画業界を題材に撮りあげた新作が、『バビロン』だ。 「Roaring 20s(狂騒の20年代)」といわれ、アメリカが好景気に沸き、人々が浮かれ騒いでいた時代の映画業界は、まさに混沌とした魔窟だったといわれる。そして、もともと本作のアイデアは『ラ・ラ・ランド』の前にチャゼル監督自身が温めていたものであるという。つまり、真に挑戦したかった題材はこちらだといえるのだ。そんな、監督の想いがつまった3時間を超える大作『バビロン』の出来はどうだったのか。ここでは、本作の舞台設定の解説を交えながら、本作の出来を率直に評価していきたい。 最初に指摘しておきたいのは、著名プロデューサーのアーヴィング
「殺人があったのは二十二年前の今日――」。ディケンズ『バーナビー・ラッジ』とポーによるその書評、英国最初の長篇推理小説と言える「ノッティング・ヒルの謎」を含む、古典的傑作八篇を収録(本邦初訳を含む)。読み進むにつれて、推理小説という形式の洗練されていく過程がおのずと浮かび上がる、画期的な選集。 はじめに 『バーナビー・ラッジ』第一章より(チャールズ・ディケンズ) (付)エドガー・アラン・ポーによる書評 有罪か無罪か(ウォーターズ) 七番の謎(ヘンリー・ウッド夫人) 誰がゼビディーを殺したか(ウィルキー・コリンズ) 引き抜かれた短剣(キャサリン・ルイーザ・パーキス) イズリアル・ガウの名誉(G・K・チェスタトン) オターモゥル氏の手(トマス・バーク) ノッティング・ヒルの謎(チャールズ・フィーリクス) 訳者あとがき
先日、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』の1995年あとがきや、新装版への2003年序文を訳した。 訳しても読んだ人は、たぶんぼく自身以外はあまりいないと思う。長ったらしいし、テメーらみんな、度しがたい怠けものだから。が、読んだ人なら (そしてもちろんあの『オリエンタリズム』をまともに読んだ人なら) その中でこれまで「オリエンタリスト/東洋学者」どもが、無知と偏見まみれでイスラム世界を歪めまくり、実態とは似ても似つかないものに仕立て上げ、自分たちのイデオロギーにあうように歪曲して、植民地支配と軍事支配に都合良く描きだして列強の世界収奪と支配に奉仕してきた様子が描かれており、そしてその代表例としてバーナード・ルイスがやり玉にあがっているのをご存じだろう。特に、1995年あとがきでは、ルイスが『オリエンタリズム』やそれが引き起こした風潮に批判を述べた Islam and the Wes
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