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2008年4月27日のブックマーク (7件)

  • 2008-04-22 - 空中キャンプ

    きちんと目的を定めないで書店をうろうろしていると、ただ時間ばかりがいたずらにすぎてしまい、気がつくと奥菜恵の告白をたんねんに熟読していたりする。だめである。あらためていうまでもなく、わたしはあと50年もしないうちにころっと死ぬのであり、いずれ不帰の客となる前に、たくさんの良書を読むなどしてできるだけ有意義に時間をすごすべきだということを頭ではわかっているつもりなのだが、どうしてもそれができないのはひとえに意志のひ弱さゆえである。 しかし、奥菜さんはいろいろとたいへんなようで、特に離婚後の恋愛関係のくだりは「おもしろいなあ」とおもいながら読んだ。離婚した後、歳下の恋人ができたこと。しかしその男が浮気ばかりするのでくやしかったこと。電話にでないので不審におもって家の前までいき、そこから電話を鳴らしたら、女もののカチューシャを頭につけた恋人が携帯で話しながら玄関からでてきたこと(=会話を聞かれ

  • [書評]それでもなお、人を愛しなさい 人生の意味を見つけるための逆説の10カ条(ケント・M・キース): 極東ブログ

    先日、ウエイン・W・ダイアーの「ダイアー博士のスピリチュアル・ライフ」(参照)をざっと読んだとき、そのなかに「逆説の十戒(The Paradoxical Commandments)」が出てきて、しばらく考えこんだ。 「逆説の十戒」は多少なりとも良心的な教養のある英米人ならそらんじているとまではいえなくても、たいていは知っているものだ。あるいはなんとなく壁に貼ってあったりする有名な教えだ。旧約聖書のモーセ十戒にちなんで十戒になっているが、逆説(パラドキシカル)とあるように合理的ではない不合理な教えだ。有名なので英語版のウィキペディアにも項目がある。日語の項目はないので試訳を添えておこう。 People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway. (人は論理的でも合理的でもなく自己中心的なものだ。それはそ

  • 光市母子殺害事件高裁判決、雑感: 極東ブログ

    光市母子殺害事件高裁判決の印象だが、率直に言って気が重い。気が重くなるようなことは趣味でやっているブログに書くことはないだろうとも思うし、最近ではそれ以外でも気が重いときや無理にネタを書くことはないなというときは書いていない。ただ、この話については、普通の国民の一人として雑感を書くくらいはしてほうがいいのではないなと思うので、ちょっと書こう。その程度なので、大した議論とかにとらないでほしい。 私は、以前にも書いたと思うが、大阪教育大学附属池田小学校事件以降、死刑廃止論者というほど大それたものではないが、死刑廃止の考えに傾いてきた。理由は以前も書いたけど、死を決心したらなんでもできるというありかたを拒絶したいというのがある。ただ、それについては違うよという意見もあるだろう。あと、先進国は米国をのぞけば表向きは死刑を廃止しているし、米国も基的に州法の問題になっている。日も先進国ツラをしてお

    imaokazuki
    imaokazuki 2008/04/27
    哀しいニュース、クールなブログ、個人とメディア、法、、
  • ムラの条件 - レジデント初期研修用資料

    やっぱり村社会が好き。「批判は読者の権利です」とか、心にもないこと宣言しながら、 空気の力で、自分の手を汚さないで、叩きに来た人達潰せたら、きっといい気分。 今自分がいる場所は、外からは「村」なんて呼ばれてるけれど、 実際の「ムラ」度は案外低い。「ムラ」目指すには、まだまだ足りない。 一部の意見が全体を左右する 何か書いて発信して、叩きコメントたくさんもらうと、やっぱり疲れる。 最近のページビューは、1日あたり6万人ぐらい。全てのアクセスがblog を見に来るわけではないんだろうけれど、 実際にコメントを残したり、ブックマーク欄に何かメッセージを残す人は、多いときでもせいぜい50人。 批判される文章書いたときなんかは、そのうち半分ぐらいが「叩き」コメント。 読むと疲れる。次に書く文章なんか、間違いなく影響受ける。 「メッセージ」が「全体」に占める割合は、せいぜい多くて1 %。 「叩き」メッ

    imaokazuki
    imaokazuki 2008/04/27
    声の大きい人の向こう側にいる全体、声なき人を想像すること、
  • 心霊的読書 - 内田樹の研究室

    連休が近づいているので、なんとなく気分がうきうきする。 恒例の美山町以外には、別にどこにでかけるというわけでもないが、家の掃除をしたり、ふとんを干したり、夏物冬物整理をしたり、「主夫」的労働に時間を割くことができるのがありがたい。 午前中のやわらかい光を浴びて、モーツァルトを聴きながら、家事労働をしているときが私にとって至福の時間なのであるが、ひさしくそういう愉悦が与えられていない。 ゲラの山は2つ片付いたけれど、まだ残りが3つ。 とりあえず『現代霊性論』から始める。 読み出すと、いろいろ霊の問題に興味がわいてきて、調べ物を始めてしまう。 鎌田東二さんの『呪殺・魔境論』を読む。 呪いと魔境というのは霊性論でも取り上げるトピックであるが、この問題に科学的にアプローチするのはなかなかむずかしい。 鎌田さんは滝行をしているときに二度「幽体離脱=脱魂」を経験したことがあるそうである。 等々力不動に

  • 創造性とコミュニケーションには効率的ではなく効果的な活動が必要

    まず言葉を整理しよう。結果に対する「質」的影響を「効果」と呼び、「量」的影響を「効率」と呼ぶことにする。従って、効果的活動は結果の質を高めるだろうし、効率的活動は量を増やすだろう。 私達は往々にして効率を求めてしまい、結果として効果を損ねている。確かに生産労働であれば効率が最優先されるのは当然である。しかし、創造性とコミュニケーションを発揮するべき状況で、効率を追うことは危険である。効率的な作業が、効果的な活動を抑圧してしまうからである。 ある上司と部下がいたとする。上司が部下に「頑張ってくれ。やればできる」と毎回励ます。部下は次第にやる気を失ってゆく。上司は今度は「やる気を出してくれ」と言う。部下はどう思うだろうか。 また、ある男女がいたとする。女が男に「かまってくれない」と不平を言う。男は「そんなことはない」と反論する。「だって、夕も週に3回は共にしているし、休日も一日は家族のために

  • KORG DS-10とTENORI-ON - a site without a view

    どうも、大変ご無沙汰しております。 絶望的なまでのファッキンが中指をケツ穴に突き立てておりまして、あれやこれやと思索することすらままならぬ日常でございました。ま、そんな戯れ言はほどほどに…。 一部巷で熱気ムンムン話題沸騰なNintendo DSのソフト「KORG DS-10」ですが、たまたま開発した会社に親しい方がおり、ちょっと興味位で連絡してみたら、まだバリバリ開発中のテストROMをもって遊びに来てくれるという話になったので、お言葉に甘えてみました。 平日の真っ昼間だったので周りはみんな黙々と仕事をこなしてるような状況だったんですが、そこに鳴り響く電子音と激しいリズム。その音色といい、操作感といい、すぐに虜になってしまいました。ちょっといじっただけでは自分でステップ入力したりソングを組んだりなんてことはできやしませんが、KAOSPAD的なタッチセンサーを活用したモードやフィルター開いた

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