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2009年12月19日のブックマーク (20件)

  • 愛はすべてを救う  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』

    ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの作品には、モラルやタブーを扱った硬派なイメージが強いのですが、またロマンティックでリリカルな一面をも持っています。そんな一面がよく出た作品集が、『たったひとつの冴えたやりかた』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF)でしょう。 舞台は未来、人類とエイリアンとが知り合った時代。異星種族である「コメノ」のカップルが、これまた長い寿命をもつ種族である司書のモア・ブルーから、古い時代の人類の記録書を紹介される、という枠で語られる連作短編集です。 『たったひとつの冴えたやりかた』 資産家の娘コーティー・キャスは、宇宙に憧れていました。親から買ってもらったスペース・クーペでの旅行中に、彼女は行方不明だった宇宙船に出会います。乗務員は死亡していましたが、その原因は寄生タイプのエイリアンに脳をい尽くされたためでした。そしてコーティーの脳内にも若いそのエイリアンが寄生してしまい

    愛はすべてを救う  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『たったひとつの冴えたやりかた』
  • 欲張りな面白さ  『奇想天外』第1期

    これまで日では、いくつかSF雑誌が創刊されてきましたが、家『SFマガジン』を除き、そのほとんどは長続きせず、廃刊の憂き目を見ています。 その中でも、とくにユニークな印象を残しているのが『奇想天外』です。1970~80年代にかけて出ていたこの雑誌、ご存じの方もいるかと思いますが、何度も休刊しては復刊していた珍しい雑誌です。しかも復刊の度に、雑誌のカラーが極端に変わっているのが特徴。 第1期は海外作品中心、第2期は、日作家中心に海外短篇、エッセイなどを交えた総合誌、第3期は、ほぼ完全な小説誌、という感じです。 とくに面白いのが、この第1期のシリーズです。紙質は悪いし、表紙絵に至っては悪趣味といってもいいほどなのですが、中身はちょっと類を見ないぐらい充実しています。 まず驚かされるのが、背表紙にある、SF FANTASY HORROR MYSTERY NONFICTION の文字。いったい

    欲張りな面白さ  『奇想天外』第1期
  • 奇妙な世界の片隅で : ブックガイド・ガイドブック −ブック・ガイドの愉しみ4 その他のジャンル編−

    どんなを読んだらいいの? どんなが面白いの? という人のためにあるブックガイド。とはいっても、世の中にはブックガイドだけでも、たくさんの数があるのです。そもそも、どのブックガイドが有用なのか、ブックガイドのブックガイドまで必要なぐらい。そこで僕がお世話になったブックガイドのいくつかを紹介しましょう。 前回から、かなり間が空いてしまいましたが、今回はその他のジャンル編です。 まずはファンタジーから。 リン・カーター『ファンタジーの歴史』(東京創元社)は、タイトル通りファンタジーの通史ですが、古典ファンタジーにかなり力点が置かれてます。ウィリアム・モリス、ダンセイニ、E・R・エディスン、トールキンなど。とくにヒロイック・ファンタジーに関しては詳しくふれられているので、その種のファンには楽しめますね。 高杉一郎編『英米児童文学』(中教出版)は、英米の児童向け作品の概説書。作品論だけでなく、作

    奇妙な世界の片隅で : ブックガイド・ガイドブック −ブック・ガイドの愉しみ4 その他のジャンル編−
  • 《短篇小説の快楽》発刊

    先日の記事で『短篇小説の快楽』というブックガイドを紹介しましたが、それと同名のシリーズ《短篇小説の快楽》が国書刊行会から、刊行されることになったそうです。タイトルからして、短篇好きとしては、要注目のシリーズなのですが、ラインナップがまたマニアック。 ウィリアム・トレヴァー『聖母の贈り物』12月刊 キャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』 レーモン・クノー『あなたまかせのお話』 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』 イタロ・カルヴィーノ『最後に烏がやってくる』 ウィリアム・トレヴァーは、この中では、いちばん名前が知られていない作家でしょうか。アイルランドの作家で、短篇の名手と言われている人です。邦訳もあって、長編では『フェリシアの旅』(角川文庫)、短篇も雑誌やアンソロジーなどに、いくつか収録されています。ジャンル作家というわけではないようですが、短篇をいくつか読

    《短篇小説の快楽》発刊
  • 奇妙な世界の片隅で : 短篇がいっぱい  ぼくらはカルチャー探偵団編『短篇小説の快楽』

    短篇小説の快楽 ぼくらはカルチャー探偵団 名編集者として知られた、故安原顯が結成した「ぼくらはカルチャー探偵団」。かって1980年代半ばから、1990年代初頭まで、この団体によるブックガイドシリーズが角川文庫から出ていました。 ミステリ小説をいろんなジャンルごとに紹介した『ミステリーは眠りを殺す』、恋愛小説ばかりを紹介した『恋愛小説の快楽』など、面白い企画がいくつもありましたが、中でも、質量ともに圧倒的だったのが、書『短篇小説の快楽 ジャンル別短篇小説750』(ぼくらはカルチャー探偵団編 角川文庫)です。 タイトル通り、短篇小説を紹介するなのですが、ジャンルごとにそれぞれの専門家が、ベスト50を選ぶというもの。これが、またヴァラエティに富んでいるのです。人によっては、未訳の作品もたくさん入れていたりします。ひとつひとつの作品紹介がやたらと簡潔な人もいれば、作者の紹介から作品内容まで踏み

    奇妙な世界の片隅で : 短篇がいっぱい  ぼくらはカルチャー探偵団編『短篇小説の快楽』
  • ロボットの冒険  風見潤・安田均編『ロボット貯金箱』

    かって、集英社文庫コバルトシリーズから出ていた、一連のオリジナルSFアンソロジー。その一冊『ロボット貯金箱』(風見潤・安田均編 集英社文庫コバルトシリーズ)は、題名どおり、ロボットに関わるSF短編を集めた作品集です。 ヘンリー・カットナー『ロボット貯金箱』 ダイヤモンド製造機を持つ大富豪バラードは、次々とダイヤを生み出しますが、それらのダイヤはあっという間に盗まれてしまいます。業を煮やしたバラードは、技術者ガンサーに、誰にも捕まらないロボットの製作を命じます。ロボットの内部にダイヤを入れ、金庫代わりにしようというのです。無事完成したロボットは期待通りの性能を発揮しますが、ガンサーが暗殺されてしまったことから、制御が利かなくなってしまいます…。 金庫代わりのロボットが暴走する、というテーマの物語です。設定はコメディ風なのですが、話自体がやけにシリアスに描かれているので、いまいち盛り上がらない

  • たらいまわし本のTB企画第41回「私家版・ポケットの名言」

    恒例の企画『たらいまわしのTB企画』第41回が始まりました。今回の主催者は「ソラノアオ」の天藍さん。そして、テーマは「私家版・ポケットの名言」です。 の海から掬い上げた、「打ちのめされた」一言、「これがあったからこのを最後まで読み通した」という一行、心震えた名文・名訳、名言・迷言・名台詞、必読の一章…、そういった「名言」をご紹介くださったらと思います。 いや、今回は難しいですね。最近読んだはともかく、読んでから時間がたったは、物語全体の印象とか、キャラクターの魅力なんかで、記憶に残っているので、特定の一文、というのは、なかなか思い付きませんが、挑戦してみましょう。 ただ、いわゆる古典や名作の中から引用しても面白くないので、自分の記憶に残った物語の断片、を挙げるような形でやってみたいと思います。とりあえず、まずはこれ。 男性の郵便切手が、はりつく前に すばらしいことを体験した 彼は

  • 手堅い恐怖小説集  オスカー・クック『魔の配剤』

    ソノラマ文庫海外シリーズの一冊、『魔の配剤』(オスカー・クック 熱田遼子・松宮三知子訳)は、作者名がオスカー・クックになっているので勘違いしやすいのですが、アンソロジーであり、クックは収録作家のひとりに過ぎません。編者は、この手のアンソロジーでおなじみのイギリスのアンソロジスト、ハーバート・ヴァン・サールです。飛び抜けた傑作はないものの、ヴァラエティに富んだ作品を集めており、安心して楽しめるアンソロジーに仕上がっています。 以下、いくつか作品を紹介していきましょう。 オスカー・クック『魔の配剤』 エキゾチックな女理髪師に入れあげたバイオリニストは、彼女から手のマッサージを受けます。やがて彼の手は腐り始めますが、彼女に執着する男は、彼女のもとへ通い続けます…。 美貌の女理髪師の目的とは…。情熱と妄執の復讐奇談。 C・S・フォレスター『戦慄の生理学』 ナチスの強制収容所へ配属されたシュミット医

  • 恐怖の喜び  カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』

    ふつう「アンソロジー」といえば、傑作を選んだものという認識があります。ただ、アンソロジーの選択元になる対象が「B級」であった場合、事情は複雑になります。つまり「B級」の中にも「傑作」が埋もれていた、という方針で編むのか、それとも「B級」自体の面白さを前面に出すのか、ということです。 アメリカの怪奇小説専門紙《ウィアード・テールズ》の場合、どちらの切り口でもアンソロジーを編むことができるぐらい、間口の広い雑誌といえます。例えば、国書刊行会から出版されたアンソロジー《ウィアード・テールズ》では、極端といえるほど「B級」味を前面に出していたのが印象に残ります。 今回紹介する、カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』(長井裕美子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)は、同じく《ウィアード・テールズ》からのアンソロジーなのですが、こちらもどちらかと言うと「B級」味を出した作品集だといえるでしょうか。 オーガ

    恐怖の喜び  カート・シンガー選『眠られぬ夜のために』
  • 奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  怪奇小説の三大巨匠

    欧米怪奇小説の三大巨匠として、名前が挙げられるのが、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケンの三人の作家。人によっては、ラヴクラフトや、他の作家を加えて四大巨匠とする場合もあったりするようですが、上記三人に関しては、ほぼ衆目が一致しています。 幸い、日でもこの三人は翻訳があり、主だった作品にふれることができます。ジェイムズに関しては、作品数が少ない関係もあり、ほぼ全作品を読むことができます。 今回は、この三大巨匠に関して、一通り見ていきたいと思います。 まず、M・R・ジェイムズから。三人の中では、最も怪談らしい怪談を書いた作家といえるでしょう。職は学者で、怪奇小説は余技として書かれました。純粋に趣味で書かれたという経緯もあり、いい意味でのアマチュアリズムが感じられます。 平凡な日常から、だんだんと怪異が起こっていく様を丁寧に描いていく、という手法は、現代の

    奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  怪奇小説の三大巨匠
  • 奇妙な世界の片隅で : 不可解な結末  梅田正彦編訳『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』

    以前に出版された『鼻のある男 イギリス女流作家怪奇小説選』は、なかなか粒ぞろいのアンソロジーでしたが、今回はそれと対になるような形で、アメリカの女流作家の怪奇小説を集めたアンソロジー、『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』(梅田正彦編訳 鳥影社)が出版されました。 順次、紹介していきましょう。 シャーロット・パーキンズ・ギルマン『揺り椅子』 下宿を探していた新聞記者の「おれ」とハアルは、ふと見上げた家の窓から、金髪の魅力的な少女を見かけて、その虜となります。さっそく、その家にかけあい下宿することになった二人でしたが、件の少女とは全く会うことができません。ある日「おれ」は、帰宅途中に、家の窓からハアルと少女とが一緒にいるところを見かけて、煩悶します。親友であったはずの二人の仲はだんだんと険悪になっていくのですが…。 直接姿を現さない謎の少女、そして互いに抜け駆けをしているのではないかと疑

    奇妙な世界の片隅で : 不可解な結末  梅田正彦編訳『ざくろの実 アメリカ女流作家怪奇小説選』
  • 奇妙な世界の片隅で : B級の愉しみ  仁賀克雄編訳『モンスター伝説』

    1950年代の怪奇小説を、日独自に編纂したというアンソロジー『モンスター伝説』(仁賀克雄編訳 ソノラマ文庫)。安心して楽しめるホラー作品が集められています。以下簡単に紹介しましょう。 リチャード・マシスン『血の末裔』 幼い頃からおかしな言動を繰り返し、不気味がられていた少年ジュールス。彼はある日、図書館で「ドラキュラ」のを見つけたことから、吸血鬼に憧れるようになります。ジュールスは、その願望をクラスメイトの前で口にしますが…。 で得た知識で吸血鬼になろうとした少年が、その幻想を壊される…というサイコ・スリラーかと思いきや、最後の引っくり返しには驚かされます。ホラーへの愛情にあふれた名作です。 ロバート・ブロック『鉄仮面』 第二次大戦時のフランス、ナチスと戦うレジスタンスに協力しているアメリカ人青年ドレイクは、恋人ロサールが単身、危険な場所へ向かったことを知り、彼女の後を追います。そこ

    奇妙な世界の片隅で : B級の愉しみ  仁賀克雄編訳『モンスター伝説』
  • 古き良き… シンシア・アスキス選『恐怖の分身』

    シンシア・アスキスは、自身も怪奇小説をものし、その道の評価も高いイギリスの作家です。彼女は、また良きゴースト・ストーリーのアンソロジストでもあり、何冊ものアンソロジーを手掛けています。 そんな彼女のアンソロジーから、いくつかの作品を抜き出して編集したのが『恐怖の分身』(シンシア・アスキス選 長井裕美子訳 ソノラマ文庫)です。斬新な作品は少ないものの、安心して楽しめる「古き良きゴースト・ストーリー」が集められています。中からいくつか紹介しましょう。 デズモンド・マッカーシー『恐怖の分身』 仲の良かった、幼なじみ同士のハービーとパージトンは、やがて袂を分かつことになります。温厚なハービーには、野心あふれるパージトンの強引な行動が耐えられなかったのです。 そして数十年後、ハービーは、パージトンに再会します。パージトンは、以前とはうって変わって善人になっていました。しかし、何かにおびえているような

    古き良き… シンシア・アスキス選『恐怖の分身』
  • 奇妙な世界の片隅で : ラヴクラフト流怪奇小説史  H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』

    このたび刊行された、H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』(大瀧啓裕訳 学習研究社)は、アメリカの怪奇小説の巨匠、H・P・ラヴクラフトによる評論を中心に、散文詩や掌編などを集めたです。 表題作の『文学における超自然の恐怖』は、ラヴクラフトの評論としては、いちばん有名なものでしょう。邦訳はいくつかあり、1970年代の『ミステリマガジン』に載った抄訳のほか、完訳としては、国書刊行会の『ラヴクラフト全集7-01 評論編』に収録のものがあります。ただ、邦訳はあるものの、一般読者にとっては手に入りにくいものだったので、書の刊行は慶賀すべきことだといえます。 さて、『文学における超自然の恐怖』は、ラヴクラフトが怪奇小説を自分なりに解釈し、まとめた怪奇小説史です。初期のゴシック・ロマンスから、ラヴクラフトの同時代の作家まで、基的には歴史に沿った記述になっています。 今となっては、詳しい怪

    奇妙な世界の片隅で : ラヴクラフト流怪奇小説史  H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』
  • 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその6

    仁賀克雄編『に関する恐怖小説』(徳間文庫)は、に関する恐怖小説を集めたもの。人語を操るの皮肉な物語『トバーモリー」(サキ)、の血を引く青年の不思議な物語『僕の父は』(ヘンリー・スレッサー)、萩原朔太郎『町』と比較されることもある『古代の魔法』(A・ブラックウッド)、ラヴクラフトの珍しく軽妙な掌編『ウルサルの』など。異様に賢い緑色のをめぐる物語『緑の』(クリーヴ・カートミル)と、悪魔との契約をめぐるファンタジー『著者謹呈』(ルイス・パジェット)の二編がひじょうに面白いです。 ロバート・ブロック編『サイコ』(祥伝社文庫)は、ブロックが創始した「サイコ」にまつわる恐怖小説を集めたアンソロジーです。ブロック好みのショッカー、オチのある作品が多く収められ、ブロックの短篇が好きな人なら楽しめるでしょう。 スティーヴン・キング、エド・ゴーマン、リチャード・クリスチャン・マシスン、 ロー

  • 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその1

    小説が好きな人の中でも、翻訳ものを好む人はそのなかの一握りだといいます。翻訳ものの怪奇小説を好むひとは、さらにその一握り。とするならば、欧米の怪奇小説読者の絶対数は、かなり少ないと考えても間違いないでしょう。 かといって、日における欧米怪奇小説の翻訳状況はお寒い状況なのかといえば、そんなことはありません。少数ながら、このジャンルに愛着を持つ翻訳者や紹介者がいたことが幸いして、クラシックの時代から現代のホラーまで、有名無名あわせて、一通りの作品を日語で読むことができます。 ただ、この手のジャンルに不案内な人からは、なかなか入り込みにくい分野なのは否めません。そこで今回から、何回かに分けて、欧米の怪奇小説について、ご紹介していこうかと考えています。 まずはじめに、主だったアンソロジーから紹介していきましょう。というのも、怪奇小説のエッセンスは、長編よりも短編にあると考えていますし、アンソロ

    欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその1
  • 奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその2

    『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)と同時期もしくはそれ以前で、重要な怪奇小説アンソロジーといえば、『怪奇幻想の文学』(全7巻 新人物往来社)と『幻想と怪奇』(都筑道夫編 ハヤカワ・ミステリ 全2巻)、『恐怖と幻想』(矢野浩三郎編 全3巻)が挙げられるでしょう。 『怪奇幻想の文学』は、荒俣宏と紀田順一郎が、平井呈一を監修として企画したアンソロジーで、今でもこれだけの質と量を誇るアンソロジーはないんじゃないでしょうか。各巻がテーマ別になっているのが特徴で、例えば1巻は「真紅の法悦」と題して吸血鬼小説を、2巻は「暗黒の祭祀」と題して、黒魔術を扱った小説を集めています。4巻目までは、わりと正統派の英米怪奇短編を集めているのですが、後に増補された5~7巻のセレクションがかなり凝っているのが印象的です。 5巻「怪物の時代」は、怪物をテーマにしたセレクション。『恐怖の山』(E・F・ベンスン)、『ウイリア

    奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその2
  • 奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその3

    中田耕二編『恐怖の一ダース』(出帆社 後に講談社文庫で再刊(一部差し替えあり))は、「恐怖」の範囲を広くとったものか、サスペンスやミステリ調の作品も多く含まれています。コーネル・ウールリッチ、 ロス・マクドナルド、レイモンド・チャンドラーが出てくる怪奇アンソロジーというのも珍しいですね。収録作品中では、暗示を多用した幻想小説『塔』(マーガニタ・ラスキー)が秀作。 比べて、同じく中田耕二編の『恐怖通信』(河出文庫 全2巻)は、娯楽性重視の楽しめるアンソロジーに仕上がっています。ロマンスの味の濃い『犠牲(いけにえ)の年』(ロバート・F・ヤング)、淡々としたタッチが戦慄度を高める『おぞましい交配』(ウイリアム・バンキアー)、民話風のファンタジー『の王さま』(スティーヴン・V・ベネット)、人を喰った奇妙なコメディ『ヘンリー・マーティンデールと大きな犬』(ミリアム・アレン・ディフォード)など。 橋

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  • 奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその4

    河出文庫から出ていた、国別の『怪談集』は、画期的なアンソロジーでした。『イギリス怪談集』『アメリカ怪談集』『フランス怪談集』『ドイツ怪談集』『ロシア怪談集』『東欧怪談集』『ラテンアメリカ怪談集』『日怪談集 上下』『日怪談集 江戸編』『中国怪談集』。国別の怪談・怪奇小説を概観できるという、重厚なシリーズです。ただ『イギリス』や『アメリカ』は、わりと流の怪奇小説アンソロジーになっているのに対して、他の国のものは編者の好みが強く出た、個性的なものになっているのが特徴です。 ティーク、ホフマン、クライストなどの古典的怪奇小説から始まりながらも、後半になるに従って前衛色を強めていく『ドイツ怪談集』(種村季弘編)。「マジック・リアリズム」作品を中心に集め、SF色も濃厚な『ラテンアメリカ怪談集』(鼓直編)、流麗かつ耽美的な作品を集めた『フランス怪談集』(日影丈吉編)、ポーランド、チェコ、ハンガリー

    奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその4
  • 奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその5

    今回は、モダンホラー関係のアンソロジーを中心にご紹介したいと思います。モダンホラー関係のアンソロジーでは「書き下ろし」が多いのが特徴です。既に発表された作品を編集するのではなく、そのアンソロジーのためにテーマを決め、それにそって書かれた新作を集める、というのが「書き下ろしアンソロジー」と呼ばれるものです。そのため、全編新作という「売り」ができる代わりに、収録作品が玉石混淆になってしまうという危険性もあります。 まず筆頭にあげるべきは、カービー・マッコーリー編『闇の展覧会』(ハヤカワ文庫NV 全3巻)でしょう。玉石混淆ではありますが、全体にレベルの高い作品集ではあります。ジャンル作家だけでなく、アイザック・B・シンガーやジョイス・キャロル・オーツといった主流文学の作家、ジーン・ウルフやジョー・ホールドマンといったSF系の作家、ゴースト・ストーリーの大家ロバート・エイクマンなど、幅広い分野から

    奇妙な世界の片隅で : 欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその5