もう何を読んでもめったなことでは驚かなくなった私だが、本書にはびっくりした。これは、「まったく新しいかたち」の小説である。何というか、この小説は「かたちをもたない」のだ。 登場人物が、生と死の、男と女の、人とけものの、境目をなくして幻想の世界に入っていく、というのは倉橋由美子や小池昌代の極上の作品で見られる。つまり「筋の中で、かたちをもたないものたち」というのはある。ところが本書では冒頭、登場者が「本を読む」ということにとまどいをみせる。 目で字を追っているのに、ことばが頭の中で意味につながらない、よって何度も同じページを行ったり来たりしてしまう。それが、何日も続く。文字やことばや意味が、かたちを結ばないところから物語ははじまり、そのかたちをもたない文字やことばがゆらゆらしながらもどうにか立ち上がり、登場者は自分が「ひとになってしまった」ことに気づく。 なってしまったものはしょうがないので