応用哲学会第 9 回大会 2017 年 4 月 22 日 フィクションは理由つきの主張を行うか(伊勢田) 1 フィクションは理由つきの主張を行うか 伊勢田哲治(京都大学) アブストラクト クリティカルシンキングの主な吟味の対象は理由つきの主張であるが、果たしてフィクション作品 はそうした吟味の対象となりうるだろうか。 「反戦映画」などの概念が普通に受け入れられていること からすれば、あるフィクションが、たとえば「戦争は悲惨であるからやめるべきである」といった理 由つきの主張をするとみなされることは十分ありそうである。他方、架空の物語を語ることが現実世 界について「理由つきの主張をする」という行為でもありうるというのは奇妙でもある。 本発表ではフィクション作品は果たしてクリティカルシンキングの対象となるような理由つき の主張を行うか、そしてもし行うとすれば、それはどうやってか、という問題を考