2019年の春。とある朝。学校に行こうと玄関で靴を履きながら、ちき子は深くため息をついた。靴箱からあふれ出したものすごい数の靴をかき分けながら自分のスニーカーを見つけるのに今朝も一苦労したからだ。「また増えたかも」とちき子は思った。昨日また父親がどこかから古い靴を持って帰ってきたのだろう。 「いつまで続くんだろ、これ」 ちき子は後ろ手に玄関のドアを閉めながら思った。どんよりとした曇りの日だった。一瞬、傘をもっていくことも考えたが、その考えは無理矢理に頭の中から追い出した。あの傘立てから自分の傘を探すという行為を想像してめまいがしそうになったからだ。 ちき子は思考をとめて春にしては肌寒い戸外に大股で踏み出した。「学校へ行こう!」と口に出して言ってみた。そうすれば少しだけ明るい気分になれることに、つい最近気がついたから。 ★★★ 思えば、あれが始まったのは2008年の年末だった。秋に起った世界