上 夜、盛遠(もりとお)が築土(ついじ)の外で、月魄(つきしろ)を眺めながら、落葉(おちば)を踏んで物思いに耽っている。 その独白 「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己(おれ)も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。今までの己が一夜の中(うち)に失われて、明日(あす)からは人殺になり果てるのだと思うと、こうしていても、体が震えて来る。この両の手が血で赤くなった時を想像して見るが好(い)い。その時の己(おれ)は、己自身にとって、どのくらい呪(のろ)わしいものに見えるだろう。それも己の憎む相手を殺すのだったら、己は何もこんなに心苦しい思いをしなくてもすんだのだが、己は今夜、己の憎んでいない男を殺さなければならない。 己はあの男を以前から見知っている。渡左衛門尉(わたるさえもんのじょう)と云う名は、今度の事に就いて知ったのだが、男にしては柔(やさ)しすぎる、色の白い顔を見覚えたのは
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