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長崎とdpzに関するkaoruwのブックマーク (8)

  • 無人島にある教会(世界遺産候補)を見に行って来た

    島に渡る船が小値賀(おぢか)島からしか出てないので、まずはそこまで行かねばならない。が、長崎(市)から直接行く船はなく、上五島を経由するか、佐世保から行くしかない。 ということで、長崎→佐世保→小値賀島→野崎島というルートで行った。ちなみに長崎=佐世保はJRでおよそ2時間。佐世保=小値賀は高速船で約1時間半かかった。 小値賀島から野崎島へと向かう便は、朝7:25と午後14:30の2便しかない。で、帰りの佐世保に戻る船の時間など諸々の時刻表と照らし合わせると、長崎からだと2泊3日の旅程になることがわかった(県内なのに!)。 事前にネットで調べてみると、野崎島は無人島としては異例なほど、WEBサイトが充実している(→ 野崎島のWEBサイト)。そこに、「渡航の際には必ず事前にご連絡を」とあったのでまずは電話してみると、 「日帰りですか?泊まりますか?」 と聞かれた。 そう、なんとここ、無人島なの

  • 軍艦島はオーシャンビューな廃墟だった

    すっかり有名になった軍艦島だが、一応ザッと説明すると、長崎の南端に浮かぶ無人島。正式名称は端島(はしま)。明治時代から炭鉱の島として開発が進められ、幅160m、長さ480mという狭い島内に5000人もの人が住み、世界一の人口密度を誇った。昭和49年に炭鉱が閉山。まもなく無人島となり、現在のような廃墟の島となった。

  • 島全体が廃墟へと向かってる「池島」(長崎) - @nifty:デイリーポータルZ

    長崎の沖合5kmほどのところに、かつて炭鉱で栄えた「池島」という小さな島がある。炭鉱だった島といえば、同じく長崎の端島、通称・軍艦島が有名だが、そちらが1974年に閉山したのに対し、こちらは2001年に閉山。ギリギリ21世紀まで営業していた。 池島には現在も人が住み生活している。が、産業がなくなった島はその後どうなっていくのか。そこにはなんとも独特な景観が広がっていた。

  • 旧長崎刑務所のその後のその後

    以前、「衝撃の廃墟/旧長崎刑務所を訪ねる」という記事を書いた(2007年6月)。大変衝撃的な光景だった刑務所跡。その1年半後、廃墟は取り壊され、正門と館の一部だけを残し広大な空き地となった。その様子を「旧長崎刑務所・その後」として書いた(2008年10月)。 記事の最後で、「このまたさらに数年後、旧長崎刑務所跡はどうなっているだろうか?また数年後に見に来たいと思う。」と結んでいたのだが、気づいたら数年経っていたので見に行って来ました。

    kaoruw
    kaoruw 2013/02/08
    唐突なイオンっぷりに衝撃
  • 無人島観光に興奮

    無人島に惹かれる。みんな 「無人島に持っていくなら何がいいか?」 とか3日に1回くらいは無人島のことを考えてるだろう。 それは魅力があるからだ。 そんな無人島の周りを船で一周したあと上陸し、気が済むまで歩いて回れるツアーがあった。 場所は長崎県は壱岐。 今回はその興奮ぶりをお伝えしたいと思う。

    kaoruw
    kaoruw 2012/11/23
    壱岐近くにある離島
  • @nifty:デイリーポータルZ:廃墟の水族館に行って来た

    長崎より九州のローカルネタを中心にリポートしてます。1971年生まれ。茨城県つくば市出身。2001年より長崎在住。ベルマークを捨てると罵声を浴びせられるという大変厳しい家庭環境で暮らしています。 前の記事:グルメレポートに心の声を入れてみる > 個人サイト 長崎ガイド

    kaoruw
    kaoruw 2012/09/28
    水辺の廃墟というのは独特の趣きがありますね
  • 佐世保の要塞遺構めぐり

    軍港として栄えた佐世保は、かつては湾を守るべく周囲に幾つもの砲台を持つ要塞だった。その遺構の幾つかを見てまわった。 以前、対馬にある要塞遺構を巡る記事を書きましたが、その続きみたいなものです。

  • 対馬の要塞遺構めぐり

    対馬はかつて「島全体が要塞」と言われたほど、あちこちに砲台があった。その数30以上。それが離島ゆえにダイナミックに跡地が残っている。 それはまるで「天空の城ラピュタ」を彷彿させるような、“伝説の地に踏み入ってしまった”的錯覚を覚えるものだった。

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