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ブックマーク / rollingstonejapan.com (7)

  • 史上最高の「ムービー・バンド」25選 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    『シング・ストリート 未来へのうた』から『ブルース・ブラザーズ』、『スパイナル・タップ』まで、ローリングストーン誌が選ぶ史上最高の25組の“ムービー・バンド(劇中バンド)”をランキング形式で紹介する。 1991年10月5日、当時ザ・コミットメンツという名前で知られていたアイルランドはダブリンのソウルバンドが米音楽チャート・ビルボード200のトップ10入りを果たした。ザ・コミットメンツは7位のオジー・オズボーンと9位のボニー・レイットに挟まれ、なんと8位にランクインしたのだ。オズボーンとレイットといった伝説的なアーティストとアイルランドの新人バンドの最大の違いは何か? それは、ザ・コミットメンツが完全なる架空のバンドだということ。少なくとも、当初はそうだった。 1991年8月14日、映画監督のアラン・パーカーはアイルランドの作家ロディ・ドイルの小説『おれたち、ザ・コミットメンツ』(1987)

    史上最高の「ムービー・バンド」25選 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
  • ザ・バンドを巡る「ドラッグと交通事故と死」、実人生とかけ離れた虚構の音楽物語 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    ザ・バンド 左からリヴォン・ヘルム、ガース・ハドソン、ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエル (C)Robbie Documentary Productions Inc. 2019 映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』がいよいよ公開スタート。バンドの誕生から解散までの軌跡が描かれた作は、ロビー・ロバートソンが綴った自伝を原案としていることもあって「(五人組なのに)彼の視点に偏りすぎではないか?」という批判も少なくない。しかし、音楽評論家の高橋健太郎による以下の考察を読めば、映画及びザ・バンドに対する捉え方が変わってくるはずだ。 【画像を見る】ザ・バンド、ボブ・ディランとのツアー未公開写真 ザ・バンドのストーリーは二冊のを読んで、ほぼ把握したつもりでいた。一冊は1998年に邦訳が出た『ザ・バンド 軌跡』でこれはシンガー/ドラマーのリヴォン・ヘルムの側から語られ

    ザ・バンドを巡る「ドラッグと交通事故と死」、実人生とかけ離れた虚構の音楽物語 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
  • 音楽ジャンルと黒人差別、80年にわたる不平等の歴史 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    1949年のジョン・リー・フッカー。彼の最初のヒット曲は「レイス・ミュージック」と分類された。以降のシングルは「リズム・アンド・ブルース」と呼ばれた。(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images) リパブリック・レコードを筆頭に、メジャーレーベルは「アーバン」というラベルを放棄しようと動いている。しかしこれも、80年にわたって続いてきた、ブラック・ミュージックを周縁化するプロセスの一部。「私たちの肌の色は、私たちの関心、知識、あるいは専門性のあり方を決定づけるものではない」と、アトラス・ミュージック・パブリッシングのA&R部門長、ラトーヤ・リーは訴える。 「ブラック・ミュージックはこんにちのアメリカ音楽産業を支える柱だ。ほかのどんなかたちの音楽と比べても、ブラック・ミュージックは経済状況の変化に影響されることがもっとも少なかった。大きな問題は、

    音楽ジャンルと黒人差別、80年にわたる不平等の歴史 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
    karasumachizuru
    karasumachizuru 2020/06/13
    音楽ジャンルに肌の色などまったく関係ないなんて60年代からわかっていたことなのにね。テンプテーションズとフォー・シーズンズを聴き比べて、どっちが白人のグループかわかる人がいったいどれだけいるというのか。
  • 「セックス・ドラッグ・R&R」は過去のもの 音楽業界が取り組むメンタルヘルスケア | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    Photographs in Illustration by GL Askew II; Amy Sussman/Invision/AP; Getty Images 近年、薬物中毒や精神疾患に苦しむミュージシャンの数が急増している。しかし手を差し伸べようとする団体や組織の誕生とともに、音楽業界は新たな動きを見せ始めている。そのケースをいくつか紹介しよう。 2009年、アンダース・オズボーンは人生のどん底にいた。貯金は底をつき、自宅は差し押さえられ、に見放され、2人の子供と会うことも禁じられてしまった。彼は演奏によって生計を立てていたが、当時はそれも成立しなくなっていた。酔っ払うかハイになりすぎて、まともに演奏できなかったからだ。「1年近く、友達の家のソファで寝させてもらうか、あるいは公園で野宿する日々が続いた」。ニューオーリンズを拠点にするシンガー・ソングライターであり、過去にはフィル・レ

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  • ローリングストーン誌が発売当初に酷評した名アルバム10選 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    レッド・ツェッペリンのデビューアルバムからニルヴァーナの『ネヴァーマインド』まで、ローリングストーン誌の批評が歴史的な評価と一致しなかった10枚を紹介する。 音楽評論家という職業は、決して楽なものではない。時にはニューアルバムを十分に聴き込む時間のないままに全体像を把握し、後世まで残ってしまう可能性のあるレビューを書かねばならない。しかし中には、何度も何度も聴き込んで初めて、真価が明らかになるアルバムもある。例えば、何の予備知識もないままにAC/DCやラモーンズを聴いたとする。すると彼らの音楽は滑稽で幼稚に感じると思う。後になって当のバンドを崇拝するようになるとしても、第一印象は決して忘れないだろう。ローリングストーン誌では、1967年の創刊号からアルバムのレビューを続けてきた。何千、何万とレビューする中で、我々が酷評したアルバムが後に人気の名盤となることも少なくなかった。以下に、最も悪名

    ローリングストーン誌が発売当初に酷評した名アルバム10選 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
    karasumachizuru
    karasumachizuru 2020/02/07
    えーっと思う名盤ばかりでびっくりだけど、“Exile on Main Street”はわかるな。あのアルバム、典型的なスルメだし。
  • プログレ史上最高のドラマー、ビル・ブルーフォードが語るイエス、クリムゾンと音楽家人生 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    1981年、キング・クリムゾン在籍中のビル・ブルーフォード(Photo by Paul Natkin/Getty Images) ドラムから離れて10年目を迎えた打楽器のレジェンドが、ブリティッシュ・プログレッシブの三大グループ時代から、ジャズへ移行したアースワークスの結成などを振り返る。 音楽界において引退とは、絶対的な概念ではない。しかし現場を離れてから10年が経過しようというビル・ブルーフォードにとっては、言葉通りの意味を持つのかもしれない。2009年に引退を宣言したプログレッシブ・ドラマーのレジェンドは、以来公の場では一度も演奏していない。そして今後も復帰するつもりはないようだ。イエス、キング・クリムゾン、ジェネシスに参加した後は、アースワークスを結成し、長期間に渡りジャズを演奏してきた。ブルーフォードは、ローリングストーン誌の選ぶ史上最も偉大なドラマー100人の16位にランクして

    プログレ史上最高のドラマー、ビル・ブルーフォードが語るイエス、クリムゾンと音楽家人生 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
  • 27歳で他界した「27クラブ」のスター20人 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    ジム・モリスン、エイミー・ワインハウス、カート・コバーンら27クラブの面々(Photo by Aradlo Di Crollalanza/REX Shutterstock, Matt Dunham//AP/REX Shutterstock, Stephen Sweet/REX Shutterstock) 「27クラブ」はロックンロールの歴史において最も謎めいた、非常に痛ましい偶然のひとつに挙げられている。 27クラブという名称が広く知られるようになったのは、1994年にカート・コバーンが死んだ後、ロックファンが彼の年齢をジム・モリソンやジャニス・ジョップリン、ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックスらと結びつけるようになってからだ――もっとも、1970年代初期に4人の天才たちが2年間で立て続けに他界したときから、ファンの間ではすでに有名な話だった。 2011年にエイミー・ワインハウスが

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