ドイツ語で「日本語で質問してもいいですか? それともドイツ語のままで?」と尋ねてみたら、広報にちらっと視線を送られた長谷部はすぐに「ドイツ語でいきましょう」ときっぱり言い切った。
![「ドイツ語でいきましょう」長谷部誠は日本人記者にドイツ語の質問を求めた…現地記者が見た“電撃引退会見”「最後にあと一言いいですか」(中野吉之伴)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/18467d3cf9c346264c9bacea3b9668b80de3d9ec/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fnumber.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2F8%2Fd%2F-%2Fimg_8d36bc522e3f366ebaedfc5a3ebf6934147210.jpg)
フィジカルコーチに中村憲剛、GKコーチに内田篤人、ヘッドコーチに島田裕介という顔ぶれのスタッフ陣のサポートを受け、北嶋秀朗“監督”が学生たちを指導する。 週末に控えるゲームは、ACミランとの第2戦。第1戦を2-0で勝利したインテルは、どんな準備をして第2戦を迎えるのか――。 実際にあった2022-23シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝のシチュエーションに則って、その日のトレーニング構築を求められる――23年6月29日に行われたS級コーチ養成講習会のヒトコマだ。 「僕はインテルの監督という立場でトレーニングを組み立てたんですけど、インテルの5-3-2はもともと興味のあるシステムだったので、自分の志向とも合っていて、分析するのがすごく面白かったですね。(シモーネ)インザーギ監督の守備は、攻撃するために守備をしている、カウンターを発動するために守備をしているという感じで興味深かった。シンパシー
来年にパリ五輪を控え、自国開催の世界選手権に臨んだ競泳日本代表。結果は銅メダル2個の惨敗で、メダルなしだった1994年ローマ大会以来最低の成績となった。メダル数だけでなく自己ベストを更新した選手の数も代表40名中5名と少なく、その低調ぶりは目を覆うばかりだった。 大会後、一部の代表選手はSNSで日本水泳連盟(水連)や強化体制を公然と批判し、五輪4大会連続出場の大ベテラン、入江陵介もイベントで「体制を変えるなど何かをガラッと変えないといけない時期。顔を合わせて話し合う機会が必要だと思う」と語った。8月15日には水連とコーチ陣、選手による緊急ミーティングが開催されたが、内紛ともいえる競泳ニッポンの異常事態はいまだ収束したようには見えない。《全3回の第1回/#2につづく》 金メダルコーチが国際大会の代表選手団入りを辞退 今回の当事者のひとりが、北島康介や大橋悠衣といった金メダリストを育ててきた平
この夏、日大山形、大垣日大と甲子園常連校を撃破し、「甲子園3勝」の目標へあと1つにせまった、おかやま山陽高校。 そのチームを率いるのが、2019年にはアフリカのジンバブエ代表監督も兼任した異色の経歴を持つ堤尚彦監督だ。その野球観を著書『アフリカから世界へ、そして甲子園へ 規格外の高校野球監督が目指す、世界普及への歩み』(東京ニュース通信社、2023年7月発行 講談社発売)から抜粋して紹介する(全4回の1回目/続きは#2、#3、#4へ) 高校野球監督でありながらジンバブエ代表監督も兼任 2019年5月。私は真っ赤な上着に白いパンツを組み合わせたユニホームに袖を通し、野球場のベンチに立っていた。グラウンド、ベンチで飛び交う言葉は英語。高校野球に詳しい読者の方々は、少し違和感を覚えたのではないだろうか。高校野球では、ユニホームの上下の色が異なる、“ツートンカラー”が禁じられている。さらにプレー中
昨季5位のロッテがパ・リーグに旋風を巻き起こしている。佐々木朗希が開幕から3連勝をあげ、高卒5年目の藤原恭大がスタメンに定着。高卒8年目の平沢大河も頭角を現しつつある。2018年から5年間指揮を執り、若手の起用法にブレを見せなかった井口資仁・前監督がNumber Webの取材に応じ、藤原や安田尚憲などへの想い、現役時代にイチローを隠し球で仕留めた秘話なども語った。(全3回の3回目/#1、#2へ)※敬称略。名前や肩書きなどは当時 ◆◆◆ 「甲子園で活躍した選手」の葛藤 井口資仁・前監督の我慢がいま実を結び始めている。今季5年目の藤原は開幕から先発メンバーに名を連ね、好調を維持している。井口は2月下旬の時点でこう話していた。 「去年まで長打を打ちたい気持ちがなかなか抜けなくて、引っ張るところがあった。でも、春のキャンプで見たら、かなり自然体で構えるようになっていた。今年は良くなるんじゃないかと
ついに箱根駅伝が開幕する。ここ8大会で6度の優勝を誇り、圧倒的な選手層をもつ青山学院大学は連覇がかかる。「ぐんとハイレベルな戦いとなる。勝つにはブレーキがないこと。今の実力を100%出せば勝てる」と語った原晋監督。どのようなレース展開になるのか、楽しみだ。 昨年の箱根駅伝で青学は大会新記録で優勝し、2位に10分51秒の差をつけた。なぜ青学は常に勝ち続けることのできる強いチームに成長したのか――。その秘密を解き明かす、原晋監督著『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』(アスコム刊)から、「心根の悪い人間が、チームをダメにする」の章を抜粋して紹介する《全3回の3回目/#1、#2からつづく》。 人間性を度外視したチーム編成では勝てない 前にも触れましたが、育成だけでなく、スカウトの段階から人間性を重視すべきだと思い知らされたのは、監督就任3年目のことでした。1年
日本が目指す方向性として、クロアチアはひとつの参考になるのではないかと思います。 カタールから帰国した選手たちと、メディアの仕事などを通じて話をする機会がありました。彼らに言わせると、「クロアチアが一番イヤだった」そうです。その理由は、「分かりにくかった」からです。 選手が感じた「分かりにくさ」を違う言葉に置き換えると、「戦い方の幅がある」ということになります。日本戦のクロアチアは、「手を替え品を替え」の「手数」と「品数」が圧倒的に多かった。それに対して日本は、どちらも少なかったと思います。流れを引き寄せられるのは、最大値を出せる瞬間に限られました。最大値を発揮したその瞬間にドイツやスペインからゴールを奪い、勝利をつかみ取ったのは本当に素晴らしかったと思います。 クロアチアがブラジル戦で見せた“戦い方の幅” 日本を破ったクロアチアは、準々決勝でブラジルと対戦しました。彼らはブラジル相手にも
『毒舌漫才ウエストランド18代目M-1王者』(サンケイスポーツ) 「おっ」と思ったのは火曜のデイリースポーツ(12月20日)。 『“独自採点”大反響 語ったM-1初審査員の舞台裏 山田邦子 「ブレ過ぎ」批判にあっけらかん「的確にやった」』 審査員を務めた山田邦子のインタビューがドーンと載っていたのである。そりゃ読みますよね。“山田邦子の審査”にどれだけ反響があったのか? M-1終了後のネットニュースのタイトルをいくつか並べてみる。 ・「ブレっブレで最悪」「2度と審査員しないで」 山田邦子、激怒のM-1ファンに真意説明「公正な審査した」 ・山田邦子、M-1での低点数審査に「決勝戦で甘口ばかりもどうかと」 “コメント薄すぎ”の指摘へ「悪いところは言う必要がない」 ・『M-1』山田邦子の審査に賛否…300人に聞いた「見てみたい審査員」お笑いがわかると高評価の女性現役漫才師は? などなどたくさん。
埼玉西武ライオンズの監督を今季限りで退任した辻発彦氏。セカンドの名手として活躍した現役時代は、西武で広岡達朗、森祗晶の両監督、移籍したヤクルトで野村克也監督の指揮下でプレーし、引退後は中日・落合博満監督のもと二軍監督やコーチもつとめた。そんな辻氏に名将たちとの思い出や、影響を受けた「監督像」について聞いた。(全2回の前編/後編へ) ◆◆◆ 名将に愛された男だ。広岡流「管理野球」の産湯を使い、森祗晶に「常勝」を叩き込まれた。仕上げはノムラの「ID野球」。辻さんの“履歴書”には、クセの強すぎる? 名うての指揮官たちがズラリと顔を揃える。 「そうなんですよ(笑)。まず広岡さんから始まってね。自分は広岡さんのもとで野球をやりたい、という信念のもとライオンズに入ったんです。ところが入団してみたら、こりゃエラいところに来たな、と頭を抱えました」 名将1)広岡達朗…「褒め言葉なんて一度も」 現役時代、名
監督を引き受けた西武は前年まで3年連続Bクラス。21年ぶりにユニフォームに袖を通した古巣は岐路に立たされていた。 「僕の原点はライオンズですから。常に優勝争いをしてパ・リーグの盟主であってほしい。セ・リーグのコーチ時代もずっと気になっていたんです。当時の主力は中村(剛也)や栗山(巧)、浅村(栄斗)、秋山(翔吾)らがいて、若い選手も育ってきていた。なんでこれだけの選手が揃って勝てないのか……。一番の穴はショートでした。理想はやはり、ピッチャーを中心にセンターラインがしっかりとしたチーム。計算できる守りがあってこそ戦える」 前シーズンの101失策は12球団ワースト。立て直しが急務だった守備面の期待を背負い、ドラフト3位で入団してきたのが源田だった。とはいえ当初、周囲の源田評は“守備は固いが打撃はまだまだ”。未知数のルーキーに期待してもいいのか――。そんな不安は、春季キャンプで吹き飛んだ。
この大会で目立っていたのは、関東一高の3年生オコエ瑠偉(現楽天)と1年生の清宮だった。投手では仙台育英の佐藤世那(のちオリックス、引退)が目立っていた。 試合前のノックで、まだ細かったオコエは右に左に駆け回り、カモシカのような躍動感があった。清宮は一塁を守ったが、ミットで受けた球をうしろにぽいっと投げる動作が、どうしたのかな、と思った。 U18ワールドカップは12カ国が参加したが、日本、アメリカ、韓国、カナダがずば抜けていて、他の国との試合はほとんど10点以上差がつくコールドゲームだった。 高校生たちは力量差があるチームを相手に打ちまくっていたが、清宮だけは蚊帳の外という印象。9試合のうち8試合で4番に座ったものの、27打数6安打0本塁打2打点に終わった。7試合がDH、一塁を守ったのは1試合だけだった。 当時は「まだ1年生だから、甲子園での疲れがあったんじゃないか」など、清宮に同情的な声が
6月27日、卓球の張本智和選手が19歳の誕生日を迎えました。張本選手は2017年の世界選手権で史上最年少の13歳でベスト8入りを果たし、世界の卓球界に大きな衝撃を与えました。コーチでもある父親が「天才児」をどのように育てたかを語った記事を特別に無料公開します。《初出:Sports Graphic Number932号(2017年7月17日発売)『天才中学生の真実「張本智和」はいかにして生まれたか』/肩書きなど全て当時のまま》。 中国が卓球の全種目で金メダルを獲得したリオデジャネイロ五輪が閉幕した直後、中国の『捜狐体育』は日本に帰化した張本智和が「打倒中国の一番手」として期待されていることにふれ、「将来、もともとは中国人だった選手が日本を代表して数々の大会に出場し、中国最大のライバルになるだろう」と、皮肉を交えて論評した。 記事は中国の元世界チャンピオンで、後に日本国籍を取得して祖国の宿敵と
強くなりたい。自分の殻を打ち破りたい。卓球の東京五輪男子団体銅メダリスト・張本智和が、早稲田大の通信教育課程へ進学したこの4月、新たな挑戦をスタートさせた。2017年から約5年間所属していた木下グループを離れてIMGへ所属先を変更。そして、自身初の海外リーグ参戦として、ドイツ・ブンデスリーガの「ノイ・ウルム」から欧州チャンピオンズリーグ(CL)に出場することを決断した。 '17年8月に史上最年少の14歳61日でITTFワールドツアー男子シングルス初優勝を飾るなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長してきた張本だが、日本のエースとして戦うようになったここ数年は重圧を背負い、苦しみを味わってきた。 世界ランキング4位で出場した昨夏の東京五輪男子シングルスでは、4回戦で世界28位のダルコ・ヨルギッチ(スロベニア)に3-4で競り負け、「普段の思いきったプレーができなかった」と唇を噛んだ。男子団体ではシングル
そんなタカとセナが初めて対面したのは、'92年10月20日。東京・河田町にあったフジテレビ社屋内の、特別応接室だった。 セナ「彼はグッドガイだ」 あの日はたまたま仕事が休みで、家でテレビをつけたら、『笑っていいとも!』にセナが出てたんです。15時からの『タイム3』と、夕方の『スーパータイム』にも出演すると告知していました。慌ててフジテレビのスタッフに「会えないかな?」って相談したら、許可が下りて。『生ダラ』で使っていたセナ仕様のヘルメットを持って、急いで河田町に向かいました。 ガチガチに緊張しながら応接室に入ったら、セナはソファでくつろいでいる。僕としては、軽く挨拶をして終わりだろうと思っていました。ところが立ち上がってネクタイを締め直したセナは、がっちり手を握って、こう言ってくれたんです。 「はじめまして。カートをやっているそうですね。うまくなりましたか? カートは、小さな子どもたちにと
4月10日のオリックス・バファローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)。佐々木朗希投手が28年ぶり、史上16人目の完全試合を達成すると、マーティンは目を潤ませながら、そう話をしてくれた。 ダルビッシュの完全試合未遂 マーティンはメジャー時代にも“あと1人で完全試合”という体験をしている。 当時レンジャーズに在籍していた2013年4月2日、マウンドにはチームメートのダルビッシュ有がいた。敵地でのアストロズ戦。スタジアムは回を追うごとに異様な雰囲気に包まれていった。 9回も簡単に2死を奪い、あと1人――しかし、最後の最後で打球は無情にも中前へと抜けていった。戦況をベンチで祈りながら見守っていたマーティンは、まるで自分の事かの様に天を仰ぎ、悔しがって帽子をベンチに叩きつけた。
多くの人がもやもやした気持ちを抱えたまま、フィギュアスケート女子を観戦することになった。 ROC(ロシア五輪委員会)の北京五輪フィギュアスケート代表、カミラ・ワリエワの検体から禁止薬物が検出されたというニュースが発表されたことで、彼女の個人戦出場は一時不透明な状態になった。そして出場できるか否かはCAS(スポーツ仲裁裁判所)の手に委ねられた。 そして、2月14日午後。ワリエワに「出場許可」というニュースが届けられた。なお、3位以内に同選手が入賞した場合は、表彰式やメダル授与式を実施しないという。 今回の経過、裁定に関してはすでにニュース速報などでカバーされているはずなので、ここでは、今回の一連の騒動、そしてロシアの抱える問題に焦点を当てたい。 ワリエワ本人に“ドーピングの意思”はあったのか? 15歳が禁止薬物を自ら購入し、摂取したのか。 ドーピングのニュースが出た際、多くの人が違和感を感じ
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