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bookとmusicに関するkenjiro_nのブックマーク (7)

  • 『1998年の宇多田ヒカル』音楽には今、言葉が足りない - HONZ

    タイトルが秀逸。「1998年の宇多田ヒカル」という単語を目にしただけで、様々な情景が昨日のことのように蘇ってくる。だが皮肉なことに、それは音楽に心を躍らせるという経験が、その時から更新されていないことを意味するのかもしれない。 1998年が、いかにエポックな年であったかを示す事実はいくつもある。1つは日音楽業界史上最高のCD売上を記録した年であるということ。そしてもう1つは、現在においても日音楽シーンにおけるトップ3の才能と目される音楽家が、すべて同じ1998年にデビューしたことである。それが、宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoの3人だ。 書は「史上最も同期に恵まれていた」3人に浜崎あゆみを加えた女性ソロアーティスト達を題材とし、1998年からの18年間が音楽史においてどういう意味を持つのか紐解いていく。単に当時をノスタルジックに振り返るだけでなく、そして現在の状況を憂うだけでもな

    『1998年の宇多田ヒカル』音楽には今、言葉が足りない - HONZ
  • 磯部涼監修 | ele-king

    「Jポップの歌詞、翼広げ過ぎだろ」「瞳閉じ過ぎじゃね?」――。Jポップ歌詞の「劣化」が叫ばれるようになって久しい。音楽通のele-king読者であれば、「その通り!」と相づちを打ちたくなるところかもしれない。ところが、書の編著者・磯部涼は、そんな見方に疑問を呈する。 「決して最近の歌詞がつまらなくなったわけではなく、社会のリアリティが変容するとともに、歌詞が持つリアリティも変容し、ついていけなくなった人がいるにすぎないのではないか」 そう、歌詞は劣化などしていない。演歌や歌謡曲の全盛期から、陳腐な歌詞やストレートな表現はいくらでもあった。むしろ変わったのは、つくり手よりも受け手の意識だ。 芸人マキタスポーツの言葉を借りれば、いまや世は「1億総ツッコミ時代」である。ネットの普及で誰もが気軽に批評を発表できるようになり、ツッコミや批判が可視化されやすくなった。難しい音楽理論はわからないという

    磯部涼監修 | ele-king
  • 【読書感想】地方にこもる若者たち ☆☆☆ - 琥珀色の戯言

    地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会 (朝日新書) 作者: 阿部真大出版社/メーカー: 朝日新聞出版発売日: 2013/06/13メディア: 新書この商品を含むブログ (19件) を見る 内容紹介 若者はいつから東京を目指さなくなったのか? 田舎と東京の間に出現した地方都市という存在の魅力とは? 若者が現在と未来に感じる満足と不安とは? 『搾取される若者たち』で鮮烈デビューを果たした気鋭の社会学者が甲南大学准教授と なり、 地方から若者を捉え直した新しい日論。 岡山における「社会調査」(現在篇)、 BOOWY、B'z、ミスチル、KICK THE CAN CREWなどのJ-POPから独自分析した「若者と地元の関係の変遷」(歴史篇)、 そして「新しい公共性の出現」(未来篇)などで現代日を切り取る意欲作。 ★現在篇★ 地方にこもる若者たち 第1章 若者と余暇──「ほどほど

    【読書感想】地方にこもる若者たち ☆☆☆ - 琥珀色の戯言
  • 創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 - 情報考学 Passion For The Future

    ・創られた「日の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 演歌はいつから「日の心」なのか? 昭和を歌う演歌は不思議である。登場人物の多くが、下積み中の流しの歌手であったり、不幸な身の上のホステスだったり、不倫で心中しようとしている女だったり、一般大衆というにはプロフィールが偏っている。その人生は経済成長の時代背景に反して「暗く、貧しく、じめじめして、寒々しく、みじめ」なイメージに満ちている。 著者はまず「日の心」としての演歌は60年代にはじまり70年代に完成した比較的新しい文化なのだということを明らかにする。明治・大正には社会批判を歌う演歌の伝統があったが、昭和の演歌とは別物であり、それは昭和40年代のレコード業界の再編と専属歌手制度と密接な関係があったそうだ。流し、ドサ回り、長い下積みといった要素は歌手のおかれた背景に由来する。 「推測するに、設立当初のクラウンレコードは経営難であ

  • 「朝日、オリコン、裁判所」ともあろうものが。

    連載「35.8歳の時間」とは: 35.8歳――。これはBusiness Media 誠の読者の平均年齢である(アイティメディア調べ)。35~36歳といえば、働き始めてから10年以上が経ったという世代だ。いろいろな壁にぶちあたっている人も多いだろうが、人生の先輩たちは“そのとき”をどのように乗り切ったのだろうか。 連載「35.8歳の時間」は各方面で活躍されてきた人にスポットを当て、“そのとき”の思いなどを語ってもらうというもの。次々と遭遇する人生の難問に対し、時に笑ったり、時に怒ったり。そんな人間の実像に迫る。 今回インタビューした、烏賀陽弘道氏(うがや・ひろみち)のプロフィール 1963年、京都市生まれ。1986年に京都大学経済学部を卒業し、朝日新聞社記者になる。三重県津支局、愛知県岡崎支局、名古屋社社会部を経て、1991年から2001年まで『アエラ』編集部記者。 1992年にコロンビ

    「朝日、オリコン、裁判所」ともあろうものが。
  • 『エリッククラプトン自伝』に学ぶ「弱い人間」の生き方

    前々から買ってあったのだが読まずに積んであった『エリッククラプトン自伝』(中江昌彦訳、イースト・プレス刊)を読んだ。400ページを超えるで、じっくり読むとそれなりに時間をうのだが、ある仕事でエリック・クラプトンについて少し話す予定があり、今、読んで置こうと思った。 事実を時間順にみっちり語り込むスタイルの自伝で、エピソードが豊富だから、読み終えるとかなりのボリューム感がある。 伝記としては、かなり異色だ。端的に言って、これは「弱い人間」の物語だ。が書かれた2007年に至る最後の10年は、家庭・仕事・健康の何れにも恵まれているようで、流れはハッピー・エンドなのだが、全体を通した印象では、この幸せのどこがいつ崩れてもおかしくないような危うさがクラプトン氏の人生にはある。 「ひねくれ者でろくでなし」(p409)と自分でも言っているが、エリック・クラプトン氏は、一般的な基準から言って、人格的

    『エリッククラプトン自伝』に学ぶ「弱い人間」の生き方
  • 「俺の邪悪なメモ」跡地

    kenjiro_n
    kenjiro_n 2010/02/18
    著者がこの本にオルグされちゃって文章がぜんぜん邪悪じゃないのもどうしたもんか。語尾に「にゅ」を付けると(今は代わっちゃったけど)沢城みゆきさんの声で読みたくなるのはどうしたもんか。
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