キズナアイに自我があったとして、なぜ自分の思う通りに動くと思っているのだろうか。 こういうことをやるから独裁者気取りでしかない、とまとめ主には思えないのである 10/8 23時追記 まとめ主は絶句した。 続きを読む
ソーシャル・ヨーロッパに載っている Bo Rothstein と Sven Steinmoの「“Us Too!” – The Rise Of Middle-Class Populism In Sweden And Beyond」という文章が面白いです。最近日本で起こっている社会現象の根っこにあるメカニズムの説明としても、じっくり読まれてしかるべき文章だと思います。 https://www.socialeurope.eu/me-too-the-rise-of-middle-class-populism-in-sweden-and-beyond 最近のスウェーデンの選挙でスウェーデン民主党という右翼ポピュリスト政党が躍進した原因を取り上げたもので、本ブログで再三取り上げてきたテーマですが、“Me Too!”ならぬ“Us Too!”といういい方がポイントをついていると思ったたので、紹介します。前
いやこれマジで本当なの? 千田先生一人の放言とかじゃなくて? 社会学者さん達がちゃんと「この人(この大学)だけの問題」とか「社会学は査読論文以外の検証システムが構築されてる」とかツイートしてくれたら、まとめにもキチンと追加するのでマジで意見求む。 意見求めた結果いろいろな人が有益な呟きしてくれたので追記。2ページ目まで読んで欲しい所。
いまも昔も、ネットでのコミュニケーションでは諍いが絶えない。昨日はあちらで、今日はこちらで、といった感じで、いろいろなところで火の手が上がる。 それらの「論争」を眺めていると、対立している双方が強い被害者意識を持っていることが少なくない。とりわけそれが「差別批判 vs 表現の自由の擁護」という構図を取ると、その傾向はより一層強まる。 一方には、差別によって苦しんでいたり、その苦しみを引き受けることでメディア表現のあり方を問題視する人たちが存在する。他方には、そうした差別批判によって自分たちが享受してきた表現の自由が脅かされていると感じる人たちがいる。「相手によって自分たちの権利が脅かされている」と感じる人びと同士が対立する構図が生まれてしまっているように思える。 そのような構図のもとでは、「潰すか、潰されるか」という発想にしかならず、意見の違いを認め合ったり、歩み寄りが生じたりすることはま
水戸泉・30日東5ナ52a神田カルチェラタン・新刊『薔薇の名前』 @mittochi 「表現」とは、他者に配慮することによって枯渇するようなやわなものではないはずだ。 本当に表現したいなにかがあるのなら、さまざまな配慮があることによって、それをくぐることによって、その表現はいっそう磨かれ、光り輝くのではないだろうか。(引用終わり) 大 き な お 世 話 だ よ 2018-10-06 18:11:56 水戸泉・30日東5ナ52a神田カルチェラタン・新刊『薔薇の名前』 @mittochi 「恋愛を書くのに、何もセックス描写を入れる必要はないですよね?」「恋愛を書くのに、何も男同士である必要ないですよね?」「可愛い女の子を描くのに、何もミニスカートである必要ないですよね?」貴様のお気持ちとかお好みにいちいち配慮して仕事になるかボケとしか言いようがない。 2018-10-06 18:17:30
ここ数年、リベラルと自他称されてきた勢力の一部に、江戸時代回帰・性道徳・皇道とあらぬ方向に進んでいっている人たちが現れてきているのには驚くばかりですねえ。55年体制当時の社共が知ったら腰を抜かすのでは。
オレ個人は日本人の大半レベルと同じ程度に穏当なフェミニストだと自分を思うんだけど、ネットで見る自称フェミの人たちが袋小路に突き進んでいくさまを見ているのがとてもつらい。運動としてもそっちにいったら味方いなくなるとか同士討ちになる方向に突き進んでいくし、言論的にもそのロジックはすぐさまブーメランで自分の立場を崩すとか今までのフェミを全否定しちゃうとかあまりにも考えなしな方向へ飛んでいってつらい。 ありていに言って自滅してるようにしかみえない。なんでこんなんなっちゃってんだ。意味が全くわからない。 そもそもラノベの表紙やキズナアイなんてフェミニズムが接する問題の中でまったく大きな論点じゃないでしょう。そんなところで大騒ぎしたって、企業のなかでの男女の労働環境格差であるとか、子供の産みやすさであるとか、性犯罪であるとか、女性からの労働搾取とか、何ひとつ少しも改善しない。むしろフェミニズムそのもの
フェミニズム哲学などの学術誌に偽名で意図的にインチキ論文20本を投稿し,そのいくつかが査読をとおって掲載されるという,かつてのソーカル事件を彷彿とさせる一件があった. 仕掛けたのは James Lindsay, Peter Boghossian, Helen Pluckrose の3名で,「ジェンダー研究などの分野で進行中の問題」を憂慮すると称している. James Lindsay: 数学博士(?). Peter Boghossian: ポートランド州立大学助教(哲学). Helen Pluckrose: 英文学研究者.AreoMagazineの編集者. ざっと目をとおした記事: Jillian Kay Melchior, "Fake News Comes to Academia," Wall Street Journal, October 2 (updated October 5), 2
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く