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増田文学に関するlepton9のブックマーク (88)

  • 横着甘やかされカマキリの半生

    8月末、ベランダに置いた植物の植木鉢の地面にカマキリの成虫が乗っていた。ゲリラ豪雨が続いていたので近所の公園から避難してきたのだろう。放っておくと植木鉢の植物に登って、逆さまにぶら下がって何日もじっとしていた。私は昆虫を一切触れないが家グモはダニやGの幼虫を捕してくれるらしいので平気だし、カマキリは爬虫類っぽい顔がついているのでわりと好きだ。 魚肉ソーセージを爪楊枝の先につけて顔の前で上下に振ってみると、最初は警戒していたがやがてモグモグとべ、自分のカマでソーセージを捕まえてべた。かわいいやつだと思った。 カマキリのことを娘に教えると、最初は気持ち悪がったり怖がったりしていたが、だんだん自分から近づいて毎日気にかけるようになった。基的に植木鉢にずっとくっついているので、ソーセージをやったり植物の水やりついでに葉伝いに水を与えたりした。しかし他の昆虫などそうそう来ないベランダの植木鉢

    横着甘やかされカマキリの半生
  • 結婚二年目、妻は僕のことを名字で呼ぶ。

    それは結婚以来ずっとそうで、だが第三者を含む場合は違う。 は僕のことをちゃんと下の名で呼び、しかし二人だけに戻ると再び僕のことを名字+くん付けで呼ぶ。 結婚二年目なのに。 最近、ようやくそのことを思い切って尋ねた。 「なあ、どうして僕のことを名字で呼ぶんだ。それも”くん”付きで」 そう言うと彼女は目を逸らし、「それは…」と言い淀んだ。 僕は引かなかった。急かすこともなく、話題を逸らすこともなく、の回答を待った。 は根負けしたように「学生のときみたいで、なんかいいじゃん」と言った。 は?と思った。 「なんだよそれ」と思わず口に出して言うとは拗ねたように「ふーん」と言った。 訳が分からず、冗談で今度は僕の方からのことを名字で呼んでみた。 「ねぇ、〇〇(の旧姓)どういうことなんだ?」 彼女は僕に窄んだ目を向けてきた。 その瞬間、僕はハッとした。 それは自分の思い出と重なる映画のワンシ

    結婚二年目、妻は僕のことを名字で呼ぶ。
  • 実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後

    そのじいさんが亡くなった。 昨年に父が亡くなり、私の実家は車を処分したので、実家に帰省するときはレンタカーを予約する。この連休もそうした。 安いので、地元の自動車修理工場がフランチャイズでやっているインディーズ系レンタカーにしてみたら、受付してくれた事務の親切な女性は、レンタカー約款を読み上げる間中修理工場から爆音で流れてくる演歌のUSENに向かって突然「ああうるさいっ!」とブチぎれ、「あなたもうるさいと思うでしょう!?」と私に同意を求め、同僚に修理工場につながるドアを閉めさせると、「最後に乗っていたのは平成15年式のbB(みんなの地元のDQNがよく乗ってたやつ)です。令和になってもまだ乗ってました」というある意味SDGsでは? みたいなことを平気で言う私に、令和2年式フィットハイブリッドという、まさに隔世の感というほかない車の操作方法をとても丁寧におしえてくれた。 そんな調子で車を借りて

    実家の近所に住むじいさんを車に乗せて買い物に連れて行った三日後
  • 腫瘍を取ったら姉だった話

    過去にね お腹がすごく痛くなったことがあるんです なんていうか圧迫感っていうか 体を折り曲げるとテニスボールを挟んでいるような違和感があって それでまぁ我慢できなくてかかりつけ医のところに行ったんです そうしたら難しい顔されて あれよあれよという間に大学病院に連れて行かれて腫瘍ができてるから手術するよって それで取ったんです 腫瘍 わたしどうしても腫瘍っていうのが見てみたくて 必死にしつこくお願いして見せてもらったんです 腫瘍はなんというか モッツラレラチーズをカマンベールチーズ色にして赤い血を浴びせたようなそういう見た目でした そんで 中に何が入ってるか調べるっていうんで それも見せて欲しいって言ったんです そうしたらね まあ面倒そうに口元ひん曲げながら銀色のトレーに中身を入れてずいっと差し出してくれてね 中には髪の毛の束と小さな歯か骨のカケラが入っていました わたしが元母親(縁切りして

    腫瘍を取ったら姉だった話
  • 蜘蛛が天井に張り付いていた

    風呂場の天井に蜘蛛が張り付いていた。 浴室干し用の除湿機を切り忘れたせいで室内はひどい暑さだった。昨朝干したバスタオルは水分という水分が奪われて干物のようだった。そんな浴室の天井に黒くて小さいそいつはいた。 恐らくハエトリとかいうやつだと思う、小さなクモ。 私は虫が苦手だ、掴むことはできない。ホウキではたいて自分の頭上に落ちてきたらこのサイズでも少し怖い。シャワーで流してしまう手もあるがこんな手合いのためにせっかく乾いたこの部屋を濡らすのも馬鹿らしい。 後で殺そう 風呂に入る時に流してしまえばいいと思った。 翌日、リビング兼寝室の壁に奴はいた。 ベッドに腰掛けた私の顔の高さに張り付いていたので確実に目が(これが目なのか定かではないけれど)合った。 小さな前足をこしこしとこすり合わせ安っぽい賃貸のビニールクロスに張り付いていた。 こんな至近距離でクモを見たことはない、不思議と恐怖はなかった。

    蜘蛛が天井に張り付いていた
  • いち神戸市民の暮らし【下の方に更に追記】

    【ここから文】 私は神戸で生まれて育ちました。昔は裏六甲の北区で、今は海側の住宅街に住んでいます。 他の街は分からないけど、神戸は海も山も都会も田舎もあるいいところだと思っています。 子供のころはよく洋裁が得意な祖母が作ってくれたワンピースを着て、祖父に連れられて王子動物園と須磨海浜水族園に連れて行ってもらいました。 この夏は当に暑くて、灘湾にもくもく立っている入道雲が憎たらしかったです。 神戸都市部の排熱が、全部六甲山から吹く風に淡路島の方まで流されて、雨雲になります。 淡路島の人には少し申し訳ない気がします。ごめんなさい。 こないだ、三宮でコーヒーと紅茶を買って、南京町で老祥記の豚まんを買いました。 育った街だけど、居留地のビルの合間はいつも迷子になります。 山か海が見えると方角がわかるのですが、ビルに囲まれてしまうとたいてい、南北逆になってしまっています。どこにいても山が見えたら

    いち神戸市民の暮らし【下の方に更に追記】
  • 6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..

    6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカートを履いていた。みんなは可愛いねと言ったけど私は変だと思ったから、変だねと言った。マホちゃんは怒って泣いた。 8歳のとき、父親が知らない女の人といるのを見た。私はそれを浮気だと思ったから、晩御飯のとき二人にそれを伝えたら、数カ月後、両親は離婚した。母親は一言私に、アンタのせいよとだけ言って、それ以来父親の話をしなくなった。 14歳のとき、マホちゃんが好きだと言っていた先輩に告白された。マホちゃんがあなたの事好きらしいので、と断った。それを伝えたら、マホちゃんは怒って泣いた。 16歳のとき、初めてのバイト先で品出しをしていたらパートの人からバックヤードに呼び出された。私の品出しの仕方が間違っていると話し始めた。私は慌てて商品のところに行って、直してから退勤した。それ以来パートの人から無視されるようになった。 18歳のとき、美

    6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..
  • 東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか

    これはいま、おれの中にひとつわりと明確な答えがあって、それは "スーパーセンタートライアルに向かう途中の田んぼ道"です おれの住んでる田舎は、市の人口5万人とかなんで、かなりザコいんだけど、24時間営業のスーパーセンタートライアルを抱えている そんで俺はそっからチャリで5分程度のとこに住んでいる そうすっと、夜10時からでも、思い立ったらチャリに乗って、でけえスーパーで買い物ができるわけですよ まずこれはひとつの文化と言って良い スーパー って博物館だからさあ! そんで、そこまで行く途中の道、これもまたいいわけ 中規模の川が近くにあるから、いまの季節、サワガニが地面を這い回っているんですよ まず、玄関からチャリまで歩く過程で、スマホのライトに照らされて、聞き取れるくらいデカい足音を立ててカニが逃げる、おれはウオっと思ってちょっとのけぞる、こういう体験が、よくわかんねえけど、ひとつの原体

    東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか
  • 嫁に内緒でテレワーク中にウーバーイーツ配達員を1ヶ月やってみたらアナルが爆発して稼ぎがプラマイ0だった話

    内容は全部タイトルに書いてある通り。 コロナ禍の真っ最中の話だし、前職辞めてるからもう時効だと思うしここに書く。なお申し訳無いけどおじさんの下半身の話も出るから気を付けてね。 数年前、世間はコロナの真っ最中で、増田の勤め先も漏れなく在宅のリモートワークになった。 営業職の増田にとっては天国だった。得意先に行かなくても商品と数字は引き続き動く、増田の業務はせいぜい1日に数回客先からの電話とメールくらい。そりゃあサボりにサボった。 在宅ワーク経験者は分かると思うが、面白いもので最初は皆おっかなびっくり、コソコソとサボる。 勤務時間中だけど近所のカフェに行っちゃおう〜とか、朝に始業の連絡入れたあと二度寝しちゃおう〜とか可愛いものである。どうせすぐに終わるボーナスタイムだ、満喫しないと損だと考えた。 だが予想に反して世間は落ち着かず、在宅ワークは長く続いた。サボりも2年目ともなれば慣れたものである

    嫁に内緒でテレワーク中にウーバーイーツ配達員を1ヶ月やってみたらアナルが爆発して稼ぎがプラマイ0だった話
  • 30女、家でうんち漏らしてしまう

    夜21時 仕事から帰って、むらむらしたのでお風呂で自慰をしてさっぱりした後 休み前だし持ち帰った仕事でも処理するか・・・とパソコンを立ち上げ、小腹が空いたのでかっぱえびせんを開封してべながら仕事を始めた。 仕事終わりで帰宅しても仕事だなんて、なんだか退屈だし YouTubeでBGMでも流すか~ と思い動画を選んでいたら急にお腹がゴロゴロなりだした。 別に痛いわけでも催したワケでもないので そのまま音楽を選んで 仕事を始めて十数分経ったとき、急におしりに違和感が・・・ 今は特段トイレに行きたいって程でもないけど、一応トイレ行ってみるか・・・ と思って 正直面倒だと思いながら席を立った。 すると 椅子から立って机から2歩ほど歩いたところで突然とても強い便意と腹痛に襲われた。 座っている時や横になっている時は余裕だと思っていたのに 立ち上がると急に来る時、ありますよね・・・よくあると思う。 少

    30女、家でうんち漏らしてしまう
  • ぼったくりバーの店員だったことがある 其の三

    前パート https://anond.hatelabo.jp/20220830220250 わかった風に述べてきたが、俺自身はそこまでI店に貢献したわけでもない。最初の三ヶ月は時給800円以下の日払いアルバイトだった。社員の人や、キャストの女性が多くのお金をもらっているのを見て、自分もいつかはと考えていた。 キャッチ役になると、I店に連れてきた人数と支払額に応じてバックがもらえるが、代わりに固定給の時間換算が500円以下となる(実績主義)。閑古鳥が鳴くような平日火曜日とかだと、むしろ働くのが損みたいなことになる。 お客さんがゼロの日が三度あったのだが、さすがにキツかった。その日の給料は相当安いし、皆の目線もちょっと冷たい。でも、店長も、キャストの人も、ほかの人も、「ドンマイ!気にすんな」とか「お前は慎重だから」とか「あんたは人の表情を見る力はあるんど。今はそれでいいんじゃけ。焦るな」とかい

    ぼったくりバーの店員だったことがある 其の三
  • ぼったくりバーの店員だったことがある 其の二

    2022.8/30 皆さまへ 前パートでは時間をぼったくってしまいました。申し訳ありません。 https://anond.hatelabo.jp/20220829202648 ___________________________________ 気が付いたらめっちゃ書いてるな。気が晴れてきた。 それから、地元ではイマイチ目立たない感じの、偏差値40半ばの私立高校(今年甲子園に出場している)に入った俺は、ますます薄汚い根性を身に着けていった。アニメとかドラマとかで、三下がやるような行動があるだろう。まさに、それをやっていた。 例えば、土曜日なんかの地元のセブンイレブンで、可愛い子と大学生くらいの男が仲睦まじい様子で店から出てきたとするだろう。モテない俺達としては、大いにイラッとするわけだ。 人がいない辺りに出たのを確認して、3人で近づいて取り囲んだことが何度もある。 「こんにちはー」「かわ

    ぼったくりバーの店員だったことがある 其の二
  • 問題職員の正しい辞めさせ方 10/10

    以上が、K市の特定任期付き職員としてのキャリアの棚卸しになる。 退職の背景などを述べて結びとする。 K市を辞めることになった原因は、私をスカウトしてくれた人が市長ではなくなったからだ。政争に負けたのだ。新しく来た市長は、前市長の行っていた改革的内容のうち、いくつかを元に戻す選択をした。 特に、私達がそうだ。『私達』というのは、国や民間企業やNPOなどからK市に採用された特定任期付き職員だ。当年度の終わりでの任期満了が言い渡された。 私達はまだいい。転職先を探せるだけの時間があるのだから。副市長などは、新市長の就任から1週間でお役御免を宣告され、二か月後には議会で辞職が承認された。政治任用の悲しいところだ。 いまだに納得がいかない。私達は全員、結果を出していたからだ。地域産業の活性化を担当した人も、福祉事業の効率化を担当した人も、庁内インフラ設備の刷新(今でいうDX)を担当した人も、そして私

    問題職員の正しい辞めさせ方 10/10
  • 問題職員の正しい辞めさせ方 1/10

    2023/1/2 part5を全体的に修正。出身会社について追記。 part10を全体的に修正。最後に加筆あり。 前職を辞めて1年以上が経った。そろそろ事業会社で働いてみようと決心したところで、キャリアの棚卸しをしてみようと思った。 私は、新卒で人材広告の営業会社に入った。その次は転職支援の仕事をしていた。いずれも管理職になって、いくつかのチームをマネジメントする立場になり、二番目の会社を数年後に退職してからは個人事業主になって、ひょんなことから地方自治体(市役所)に転職した。 そこを辞めてからは、幾ばくかの退職金を元手に、フリーランスをしながら自由な毎日を送っていた。今でも個人でコンサル仕事を請けたりする。学生時代を懐かしんで、マクドナルドのクルーに応募して働いてみたりもした。 人生の休息はたっぷり取ったし、そろそろ気で再就職を目指そうかと考え始めたところ、職務経歴書を書かねばならな

    問題職員の正しい辞めさせ方 1/10
  • 増田文学 2021年

    大賞 「実家の犬に 弔辞」ランクタイトルブクマ数日付カテゴリ1あえぎ声を書くバイト19802021/04/08 05:49おもしろ2桃太郎なのに、とっても Apple16602021/04/26 10:18テクノロジー35年くらいセルフネグレクトしてたこと13242021/05/22 00:29世の中4精神障害者の俺、手切れ金としての年金、この世界への感謝12582021/04/23 20:18政治と経済5たまたま狂わずに生活している11942021/11/14 15:43世の中6魂に一生消えない傷を残していった作品ってある?10822021/01/27 18:01暮らし7弱者男性を救うのはお前だ中島10172021/04/06 14:04おもしろ8Apple 風文体の力を、あなたにも。10052021/04/25 03:20学び9恩師の下着に感謝9622021/05/21 02:27暮ら

    増田文学 2021年
  • 貝の話

    日課である浜辺の散歩。 普段から貝殻が打ちあがっていることが多い砂浜だが、昨日は風がとても強かったせいか、あまり見たことがないほど大きな巻き貝がいくつか転がっていた。 … 貝は言うまでもなく生き物だが、肉体(?)が潜んでいる硬い殻のせいか、俺の中で妙な位置付けにある。生命と物体の中間という印象がある。 その一方で、不定形で、とにかく「生きている」としか言いようがない様子が、むしろ命の質そのもののようでもある。二つのイメージが重なっている。 … 砂浜で貝をひろうと、その多くに小さな穴が空いている。 ツメタガイという、これも貝の一種である生物のしわざで、他の貝に取り付いて貝殻の表面を溶かし、舌の先で穴をこじ空けて中身をってしまうらしい。 すげーな、と感じるのと同時に、考えてしまうのだが、はたしてツメタガイ自身は自分が何をっていると思っているんだろうか? 自分と同じ貝という生物、もしくは、

    貝の話
  • 女子社員から「fc2って何ですかね」と聞かれてどう答えるべきなのか

    某金融機関で外国為替業務の役席を務めていたおっさんの愚痴だと思って聞いてほしい。 外為業務というと仕向送金(送る側)、被仕向送金(受け取る側)、貿易にかかるL/C(信用状)の開設等があるが、ほとんどは似たような作業の繰り返しである。 たまに海外の銀行と「こないだの送金まだ届いてないけどどうなってんの?」「マネロンの関係でまだ動かせてません」みたいなやりとりがあるくらいだろうか。 マネーロンダリング対策についても、正直なところNY同時テロ以前はそこまで厳しくはやってはいなかった。 送金受付時に財務省が公表している「経済制裁対象者リスト」に掲載されていないかを調べて終わりという程度なので、間にペーパーカンパニーでも挟めば容易に送金出来てしまう。 そんな状況だったわけだが、数年前に起きた北朝鮮への不正送金事件でマネロンへの取組が一気に強化された。 四国の某地方銀行がザルのような審査で北朝鮮企業へ

    女子社員から「fc2って何ですかね」と聞かれてどう答えるべきなのか
  • しょうもないのに忘れられない言葉

    たぶん自分以外は全く気にしていないだろうふとした言葉が、どうしても頭から離れず残っていることはないだろうか。心に残る名言とかそういったものではなく、もう少し生産性のないもので、忘れてもまったく困らないようなことなのに、なぜか忘れられずに頭にこびりついていること。 暇になったので、私の人生の各地点におけるそういった言葉をいくつかピックアップして振り返ってみる。 高校時代:「利休かよ」私の出身高校はお寺に附属している私立高校で、地域のお寺の跡取り息子という生徒が各学年に何名かいるような、ちょっと変わった学校だった。そのため、選択科目の時間は「書道」「茶道」「修行」を入学時に選択することになる。 (この「修行」については実際のところ別の名称があるが、それを検索すると容易に学校名が特定できてしまうため伏せている) そのシステムを全く知らずに入学した私はこの3択の中で最も普通そう…と思い「書道」を選

    しょうもないのに忘れられない言葉
  • 庭でキャンプしたら、家族が溶けた。

    うちの男どもはみんなキャンプバカで、私が小さい頃から、兄ちゃんもお父さんもおじいちゃんも、しょっちゅう仲間たちとキャンプ場に数日籠もっては、別人かってくらい日焼けして帰ってきていた。 お父さんの取引先?が持ってる山奥の豪華な別荘地に泊まる年とかもあって、 あとで写真とか動画を見せてもらうと、めっちゃ綺麗なコテージ。テントもピカピカしてて、楽しそうな雰囲気ではあるのだけど、 「じゃあメグも来るか?」と言われると、酒飲んで騒いだり、踊ったり、時には号泣するようなノリにはついていけないかな…と思ってしまう。 今は部屋で絵を描いてる方が楽しいし、私だって子供なりに友達付き合いとかあるし。 コロナになってすぐ、おじいちゃんがゲーセンで感染して入院してからも、残った二人はキャンプ活動を続けていた。 お母さんは心配そうにしてたんだけど、5月のある日、仕事から帰ってきたお父さんが嬉しそうに「今年はうちの庭

    庭でキャンプしたら、家族が溶けた。
  • 恩師の下着に感謝

    中学時代、下着の校則違反を数えて、体育祭の得点から減点するという「伝統」があった。 当時は管理教育の全盛期。 下着だけでも色・形状などが細かく校則で指定されていた。 悪質なのは、それを生徒同士で監視するシステムになっていたこと。 違反者は教師にチクられ、その分がのちに体育祭の持ち点から減点されるという決まりなのだ。 赤組・白組それぞれの減点数は日々校内で告知され、連帯責任を煽る構造ができあがっていた。 もちろん、これに反抗する生徒は多かった。 二年生のあるとき、体育祭の出し物を決める学級会のなかで、この制度はおかしいという話になったことがある。 「生徒だけ監視されるなんて、不公平です!」 立ち上がって先生に抗議したのは、ボス格の女子だった。 やがて「そうだ、そうだ」という声が教室のあちこちから起こる。 私たちの担任はといえば、まだ若い女性教師だった。 いま思えば、先生自身もこの制度はおかし

    恩師の下着に感謝