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儒教に関するlotus3000のブックマーク (4)

  • 「イナカの善人」は道徳の泥棒であると言う孟子の教えについて

    ニー仏 @neetbuddhist 『論語』の子路篇に「中行を得て之に与(くみ)せずんば、必ずや狂狷か。狂者は進みて取る。狷者は為さざる所あり」という言葉がある。「中行」ってのは中道・中庸の人のこと。「狂」は志が高く進取の気性に富むが、言行不一致の気味がある。「狷」は、知は及ばないが節義を守ることには堅い人。 2012-10-26 12:43:13 ニー仏 @neetbuddhist 「中行」は儒家の理想だけど、それはたいへん得難いものなので、過不及のところは認めつつも、孔子が次善の存在として「狂狷」を評価しているところに注意。儒教において徹底的に批判されるのは、孔子が「徳之賊也」と罵倒した「郷原」である。 2012-10-26 12:45:30 ニー仏 @neetbuddhist 「郷原」とは、孟子によれば次のような人物のこと。「謗ろうにも非難しようにも、まるでしっぽのつかまえどころがな

    「イナカの善人」は道徳の泥棒であると言う孟子の教えについて
  • [書評]江戸の朱子学(土田健次郎): 極東ブログ

    先日、加地伸行の『漢文法基礎』の書評をcakesに書いたおり(参照)、江戸時代における朱子学の歴史をできるさけ最新の知見で、かつ実証的に見直してみたいと思っていた。書『江戸の朱子学(土田健次郎)』(参照)はそうした関心・視点から読んだ。そしてそこからすると、実に簡便に全体が見渡せる良書であり、また今後のこの関連の読書の手引きとなる情報を多く、レファレンスとしても有益だった。 書は、「あとがき」にも書かれているが、「専門家のみに書かれた書でないため」とあるように、一般的な読書人にとっても読みやすいレベルで書かれている。 特に、この関連の分野では実質必読文献である丸山眞男の『日政治思想史研究』(参照)、またその一般向けとも言える『日の思想』(参照)では荻生徂徠に焦点がとなりゆえに同時代性パースペクティブが失われがちだが、書ではこれに同じく国学の居宣長なども含め、江戸時代における朱

    [書評]江戸の朱子学(土田健次郎): 極東ブログ
  • 四書五経・老子・菜根譚・孫子・空海・世界三大詩歌集「詩經・万(萬)葉集・Sonnet (Shakespeare シェークスピア)」・荘子・小学・近思録・孝経 ・武士道 茶の本(大学 論語 孟子 中庸 書経 詩経 易経 春秋 礼)朱熹/朱子・王陽明・道徳/江守孝三

    -温故知新-Learn a lesson from the past. 日文化 Japanese culture ー(JAPAN AS NO.1)ー 四書五経(朱熹) & 老子・荘子 & 菜根譚 & 孫子 & 空海 & 日史& 聖徳太子 詩經・万葉集・ Sonnet (Shakespeare)&王陽明& 般若心経 朱子学の基となる書 儒学では、『四書』(『論語』・『孟子』・『大学』・『中庸』)と『六経』が重要な書となる。朱子学では、これに『小学』 それは、『小学』→『近思録』→『大学』→『論語』→『孟子』→『中庸』→『六経』である。 『六経』は、通常、『詩経』・『書経』・『易経』・『春秋』・『礼』・『楽経』(佚書)を指すが、黙斎は『詩経』・『書経』・『易経』・『春秋』・『周礼』・『儀礼』であると言う(近思録講義致知24)。 古(いにしえ)の人は男女七歳から「孝経・論語」 次には「諸

  • 儒家/自由主義(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20121011/1349922563に対して、「儒家は小さな政府?」というコメントをいただく*1。 呉鉤氏のその後の呟きから; 儒家与自由主义有着天然的亲和性。当然,这里的自由主义,乃是指古典自由主义,而不是欧陆的自由主义,更不是中国式的山寨自由主义。 转发(29)| 收藏| 评论(15)10月13日19:47 来自新浪微博 | http://weibo.com/1668244557/z0jGizLFO 儒家と「古典自由主義」の間には「天然的親和性」があると。 また 宪政不是仅指有一部宪法,还包括整个立法、行政与司法体系。但,如此还不足以构成稳健的宪政。宪政还有一个不可制度化的文化底部,由一国之传统文化来提供支持。但,如此也不足以构成优良的宪政。宪政宪法之上,还有一个“超立法原理”。儒学于中国宪政之意义,在于可提供宪政之文化

    儒家/自由主義(メモ) - Living, Loving, Thinking, Again
    lotus3000
    lotus3000 2012/11/05
    一族の自治を認めるわけですから古典自由主義というか共和主義型保守とは相性はよさそう。/慣習=礼という形でも親和性がありそうだな。ただ個人と社会が儒教では関心が薄いのが気になる。
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