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ブックマーク / zeromemory.sblo.jp (6)

  • suVeneのあれ: “「うわべだけ規則に従って、規則違反はコッソリやるべし」という規律は、「健全な社会」にとって極めて重要である。(炎上と、<他者>のメンツを立てること) - 草日記”を読んで

    2007年12月05日 “「うわべだけ規則に従って、規則違反はコッソリやるべし」という規律は、「健全な社会」にとって極めて重要である。(炎上と、<他者>のメンツを立てること) - 草日記”を読んで 視点としては面白いのだが、「私たち」という単語の元に、「大して悪くない(と、筆者が思う)こと」を目の前でやられると、「メンツが立たない」という一方向の視点としているところが、どうも納得できない。 <たいして悪くないけど悪いこと>がコッソリ行なわれているうちは、私たちはそれを黙認しうる。だが、それが大っぴらに行なわれれば、私たちはそれを見過ごすわけには行かない。メンツを潰されてはたまらない。 「うわべだけ規則に従って、規則違反はコッソリやるべし」という規律は、「健全な社会」にとって極めて重要である。(炎上と、<他者>のメンツを立てること) - 草日記 まず、「コッソリ行う」事についてだが、これは<

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    lovecall 2007/12/08
    これがもし増田に書かれていても、すヴぇんぬさんっぽいなぁと感じそうなエントリ。褒めてるわけでもけなしてるわけでもないです、らしいです。 ねぇ、やっぱりアリ好きなんじゃないですか。
  • suVeneのあれ: 「ほのめかし」についての考察

    2007年11月17日 「ほのめかし」についての考察 ほのめかし、或いは思わせぶりな発言について考える。 ここで言うほのめかしというのは、例えば「あの人がいうアレは、こういう意味だよね」のような、固有名詞や事象を特定するようなことを避け、背景や成り行きをある程度知っている人に向けた発言のことである。言葉というのは、自明の前提として何らかの意味を含んでいるものだが(それが伝わるかどうかは別として)、その意図を明らかに表出させず、「わかる人にはわかる」ようにする発話のことである。「ほのめかす」ということ自体は、肯定的・否定的という方向性とは別であり、また、意識的・無意識的な選択とも別であるのだが、共通することは「秘密」にしたいという意志の有無ということにしておこう。 で、「ほのめかす」ことが多く使われるのは、やはり言及対象に対して何らかの否定的な意見・意図を含むときだ。いや、多いということもな

  • suVeneのあれ: 「釣り」について

    2007年10月02日 「釣り」について 「釣り」についての個人的な態度など ウェブ上の文章などを読んでいて、あまり一般的ではない、どちらかといえば過激な言葉使いの文章があったりすると、その反応でよくみうけられるのが、「はいはい、釣り釣り」というような反応がある。 というか、俺自身も「これは釣りだろう」という反応をすることがあるわけだ。 じゃぁ、俺はどんな時に「釣り」というのかと考えてみたところ 明らかに間違った(と俺が判断・解釈する)前提のもとで大袈裟な極論を展開している時 などが多いようだ。 実際気でその著者がその論を主張している場合に対する、揶揄的な意味合いを持つタグ付けな場合もある。 来俺が期待する「釣り」というのは、過剰反応を期待したツッコミどころ満載の文章の中にも、実はロジック的な解答が忍ばせてあったり、叙述トリックであったりというミステリ小説的な何かや、どこかに笑いやユー

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    lovecall 2007/10/03
    つりりてらしー略してつりてらについて。『「内容」を吟味してからの→「釣り」判断という手順/何故ならそれは俺にとって大切な順序であり』以下。こういう考え方、大変suVeneさんらしいなぁと思いました。ジャパン。
  • suVeneのあれ: 本当の友達

    2007年07月04日 当の友達 当の自分、当の幸せ、当の友達…… 今考えればなんとも青臭い話ではあるが、真剣にそれらの事について考えた時期があった。 同じようなことを考えたことがある人、こんにちは。 なかった人さようなら。 その中でも、俺が幼き頃(10歳~15歳程度か)とりわけ真剣に考えたのは、「当の友達」問題だった。 思い起こせば、「友達」というものは何なのか?という問いから始まった気がする。 何故このようなことを考えるようになったのだろうか。 そもそも俺は、遊ぶ友達がいないというタイプではなかった。 寧ろ、積極的に発言し周りを笑わせたりすることが好きだった(悪く言えば仕切りたがりでもあった)訳だが、ふと虚しさを感じていたからなのかもしれない。 では、何が虚しかったのだろうか。 さすがにその原因を客観視することは、昔のことだという理由と、自分自身のことだという理由で難しいのだ

  • suVeneのあれ: 私的制裁

    2007年06月24日 私的制裁 元々、口が達者だと言われるような子どもだった。 理屈・屁理屈・ルール・善悪を問わず思ったことを口にする子どもだった。 神経質すぎる子どもでもあった。 5歳前後にして、髪の毛が抜けて10円はげができるほどに。 小学校にあがる前に引越をした。 それまでの近所の友達とはお別れをし、新しい場所での生活が始まった。 幸い同じような年齢の子供は近くに沢山いたので、遊ぶ友達はすぐにできた。 しかし、子どもというものは時として残酷なものである。 ある日、1歳~3歳上の子ども達に家に呼ばれた。 その家の両親は留守だった。 そこで人生1回目の私的制裁を受けた。 つまり、リンチというものを経験した。 新参者であり、生意気でもあるその子は目障りだったのであろう。 同時にそれは、信じるものからの裏切りという意味でもあった。 その時の記憶は朧げである。 覚えているのは、ソファ、音量の

  • suVeneのあれ: 読書管理・欲しい本管理の為のウェブサービスとか

    2007年03月18日 読書管理・欲しい管理の為のウェブサービスとか 図書館を活用しだしたのはここ1年ほどのことで、それまでは全部購入してたから、棚はすぐに満タンになるわ、年間10万以上飛ぶわで困っていた。で、図書館の効率のよさを知って、「なんていい所なんだここは!」と思っていたのだが、実は少しだけ問題がある。 それは、端的に言うと「手元にが残らない」って事だ。 これは別に、手元において置きたいすら買いたくないとかそういう意味ではなくて、自分がどんなを読んできたかってのが覚えてられないという意味で困るッつー話だ。 俺は名称を覚えるのが苦手って話を何度か書いたことはあるが、映画のタイトルや著者や監督に関しても例外ではない。(中身を忘れてる訳ではない) 大体、家にあるですらあまり覚えてなくて、例えば、図書館屋さんに行ってからタイトル見ておもしろそうだという選んできたはよいが

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    lovecall 2007/03/19
    ブクログいいよね!最近ぜんぜんいじってないけど。
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