著:城戸光子 紹介・題字:斎木信太朗 『森を抜けて』 城戸光子 ぼくは思わず「待って」と声をかけたのだった。 逢(お)う魔が刻(とき)、というのだろうか、暮れかけた憂鬱な空の下、森が黒くわだかまっていて、その中へ入っていこうとする小さな人影は、見たところ十二かそこらの女の子らしかった。だって、危ないじゃないか、そんな時間にたったひとりで暗い森へ入っていくなんて。だから、ぼくは「待って」と声をかけたのだった。 人影はぴょんと跳び上がってから、こっちを見た。おびえた小動物みたいにせわしなく息をしているのが見てとれた。小さな両手を胸に当て、すこし猫背になって肩を上下させていた。が、眼だけはきらきらと、ぼくの方を窺(うかが)ってた。なんだって? 危ないのは森じゃなく、危ないのはこのぼくなのか? 大きなリュックを背負い無骨な靴を履いた見知らぬ男であるぼくが、一歩でも彼女の方へ踏み出せば、彼女