カリブ海、キューバ沖を航行中のソビエト海軍B-59潜水艦[2]。 1962年10月27日、キューバ危機の最中、アメリカ海軍の空母ランドルフおよび駆逐艦11隻からなる艦隊が、キューバ近海でソ連のフォックストロット型潜水艦B-59を捕捉した。同艦には核が搭載され、アルヒーポフは中佐として乗艦していた。公海であるにもかかわらず、米艦隊は演習用爆雷を投下、爆発による信号を送ってB-59の強制浮上を試みた。B-59は数日の間モスクワと通信が出来なかったため、アメリカの民間ラジオ電波を傍受して情報収集していた。しかし、爆雷から逃れるため深度を下げて航行した結果、ラジオ電波の受信が困難になった。情報が遮断され、米ソが開戦したのか否かを知ることがB-59乗員には不可能となった[3][4]。B-59艦長バレンティン・サビツスキーは、すでに両国が開戦したと判断し、核魚雷の発射を企図した[5]。 他の潜水艦と異