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ブックマーク / bushoojapan.com (7)

  • 高齢の女帝が朝鮮半島へ!斉明天皇が鬼ノ城を建てたのは出兵のため?

    再評価の高まる斉明天皇は土木工事がお好き飛鳥時代の斉明天皇とは――。 奈良県明日香村の牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)の発掘調査で、被葬者と判明し、2010年に一躍脚光を浴びた女帝である。 実のところ、彼女が天皇になる可能性はほとんどなかった。 父は茅渟王(ちぬのおおきみ・敏達天皇の孫)。 母は吉備姫王(きびひめのおおきみ・欽明天皇の孫)。 数多いるライバルに打ち勝つほどの血統でなかったためだ。 しかし、名前しか伝わらない最初の結婚相手・高向王(たかむくおう)と別れて舒明天皇(じょめいてんのう)と再婚すると、人生は急展開をみせた。 夫の死後、ついに最高権力を手中にする。 皇極天皇の即位である(後に重祚して斉明天皇)。 ただし、息子の中大兄皇子(天智天皇)が天皇になるまでの中継ぎというイメージが強く、影の薄い存在ではあった。 興味深い逸話が『日書紀』にある。 斉明天皇が多くの犠牲を代償に

    高齢の女帝が朝鮮半島へ!斉明天皇が鬼ノ城を建てたのは出兵のため?
    mahal
    mahal 2014/10/16
    あんま関係ないけど、吉備系って卑弥呼との接点が結構ありそうとか妄想してる。その辺りの故事を引用しつつ、時の女帝が政治資産として吉備を利用した面もあったりしたのかな、とか。
  • ノルマンディー上陸作戦70年を特集したイギリスの新聞4紙が魅せる

    英国にとっては栄光の歴史なんでしょうね。70年前のノルマンディー上陸作戦(Dデイ)を、こぞって新聞社が特集しています。newsworks.org.ukという新聞業界人向けサイトがそれらのフロントページをずらりとビジュアルで並べています。いやぁ、惚れ惚れ。 老兵の背中で全てを表現した大衆紙のデイリー・メール サイトがトップバッターとして紹介しているのが、大衆紙のデイリー・メール。ご覧の通り、Dデイの特別版を作っているのです。流石は、英国大衆のツボを心得ているって感じ70年前に上陸した海岸を再訪した老兵の背中で全てを表現させようとしている編集センスが素晴らしいなぁ! 伍長さんだったそうで、当時ゴールド・ストームに上陸した兵士の数を、国旗の数で再現していますね。しかも見開きで。 今更ながら、その凄まじい数に圧倒されます。 エリザベス女王の黙祷シーンを1面にした夕刊紙 一方、倒れた兵士を忘れないと

    ノルマンディー上陸作戦70年を特集したイギリスの新聞4紙が魅せる
    mahal
    mahal 2014/06/11
    本朝でミッドウェーの新聞記事とか再現したら、ただの火葬戦記になるから……
  • 「和を以て尊しとなす」の聖徳太子が武闘派で戦争好きだった件

    なぜかというと、国のトップである天皇にはそれなりの経験が求められていたからです。 さらに、天皇という地位は一度ついたら死ぬまで決して誰にも譲られることはないという大原則があったからです。 (ちなみに、史上はじめて譲位したのは、これよりあと、7世紀中頃の女帝・皇極天皇=大化改新のクーデーターの時の天皇です) つまり聖徳太子が天皇になるには、推古天皇よりも長生きしないと即位できる可能性はゼロだったわけです。 実際には、太子は622年に49歳で死に、推古は628年に75歳で亡くなっています。 女性は長生きだってことです。 中2で父を亡くす 「聖徳太子」という呼び方(尊称)と聖人君主的なイメージは、死後50年以上たってから作られたものということが最近の研究で分かっています。(最近時々話題になる「聖徳太子はいなかった」説はこのことを言っているのです) では、後世に作られた伝説を一枚一枚はがしていくと

    mahal
    mahal 2013/12/08
    6世紀後半は、隋朝成立の影響もあり武の尊ばれる時代が一時退潮した時期で、蘇我の物部打倒もその文脈上にあるが、そうした中で国防を信教と繋げてカウンター的勢力となるのが上宮皇子の政治力学だったのかも。
  • ドラえもんに脳内変換すれば古代の【崇仏論争】が劇的に面白くなる!

    古代日と朝鮮半島の新羅が一触即発の緊張状態となった聖徳太子の時代。その原因をさかのぼったところ、継体天皇という新王朝の大王にたどり着いたというお話をしてきました。 「明日はついに聖徳太子!」と言いながら、なかなか聖徳太子の尻尾も見えないのですが、今回ようやく、ようやく尻尾くらいが見えてきます。すみません…。 なぜかというと、古代古代と簡単にいっちゃいますが、継体天皇から聖徳太子(天皇は推古女帝)までの天皇を並べると、 安閑、宣化、欽明、敏達、用明、崇俊と6人もいるではないですか! 前回、このうち前半の3人の方を紹介しました。 となると、後半の3人も触れないわけにはいけないのでは、と思い至った次第です。 びだつ、ようめい、すしゅん…またもや古代史ファン以外には初出場の名前の数々にクラクラしていると思います。しかも、この時期は有名な「仏教伝来」というビッグイベントもあるのですが、ご存じのよう

    mahal
    mahal 2013/12/06
    紀元後数世紀にわたり有文字文化の民が不断に渡来してる割に、本朝にて政治レベルで文字が「公用化」されるのはエラく遅い。崇仏論争はそうした本朝古代政治の文化的な壁の在り方が問われた事件であろうな、と。
  • 北斗の拳に脳内変換したらバッチリわかる!聖徳太子以前の日本古代史 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

    「飛鳥時代」って、具体的にいつのことだかご存知でしょうか?歴史の授業でも出てきますが、この時代区分というのは意外に難しいです。 日大百科全集(小学館)を見ると<一般には推古朝(593~628)前後から大化改新(645)までとするのが普通であるが、これをさらに天智朝(662~671)ごろまで下げて考える説も美術史家の間には行われており、さらに時代を下げて平城遷都(710)までを飛鳥時代とみる説もある> という具合です。 この「飛鳥時代」に日韓(日と新羅)が一触即発になっていた状況で、九州の豪族が新羅から豪華な馬具をもらっていたらしいというのがNHKのクローズアップ現代「明らかになる古代の日韓交流史」(12月2日放送)でした。 その前史。つまり、そもそもなんで日と新羅が緊張状態にあったのかという継体天皇のお話をきのう武将ジャパンにて書かせていただきました。 「古代の日韓交流史」NHKがク

    北斗の拳に脳内変換したらバッチリわかる!聖徳太子以前の日本古代史 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
    mahal
    mahal 2013/12/05
    日本書紀読んでると、何だか継体より欽明の方がある種の始祖王っぽい描かれ方してる感覚はあったりするのよね。継体が何か伝説化してるっぽい一方で。
  • 「古代の日韓交流史」NHKがクローズアップした時代の少し前になにが起きたかまとめた

    継体は皇位を簒奪していない6代なんていっているが単なる自称で、継体は皇位の簒奪者だったではないのかとも言われています。 しかし、答えはNOでしょう。 確かにはるか昔の天皇から数えて6代目ともなると、もはや皇族と言えないくらい遠いのですが、少なくとも「昔の大王の子孫」と、自他共に認識されていたことは間違いなさそうです。(DNA的につながっているかどうかではなく、あくまで認知されていた) もし継体が征服王朝の始祖だと考える場合、戦国時代のように、まずは地元でトップになっていることが必須となります。 ところが、越(福井県)での古墳の規模を見ると、継体がいたと考えられる地区とは別の地区に圧倒的に大きい前方後円墳があることが考古学から判明しています。つまり、継体は越の王ですらなかったのです。日海側で一番強い武将だから天皇になったのではなく、やはりいにしえの天皇の血を引く人物とみなされていたことが最

    mahal
    mahal 2013/12/04
    韓国側の歴史家が伽耶人に無駄に半島に張り付けた民族観を持たなくなったのは良い傾向ではあり、民族主義やそれの合わせ鏡なウリナラ八紘一宇史観辺りに対して頑張って欲しいとは思う。
  • 今なら「指折れたw」でツイッター炎上間違いナシ!?広隆寺弥勒菩薩像の骨折事件 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

    コンビニの冷蔵庫や、量販店の洗濯機に入ったり。 あるいは顔にピザ生地を巻いたり。 6年前の2013年にも世間を騒がせたバカッターたちが、今なお続いていることに呆れてしまう人も少なくないだろう。 回転寿司にレストラン、コンビニなど。 インテリジェンスの1ミリも感じられない愚行の数々には、遠慮なく死んでくれとしか言いようがない。 どうせやるなら、ですね。 ちょこまかとバイト先で遊ぶのではなく、国宝級のお宝をバッサリ……なんて言ったらダメ、絶対。 そんなことはただ国益を損なうだけの最悪の行為だが、今を遡ること59年前、実際にいたのである。 国宝「広隆寺弥勒菩薩像」の指を折っちゃった若者が。 ただ、その背景には、どうにも微笑ましいというか、人を罵倒しきれないちょっとした事情がありまして。 舞台は京都の太秦 広隆寺 京都太秦にある広隆寺には有名な弥勒菩薩像がある。 国宝第一号となった仏像なので、か

    今なら「指折れたw」でツイッター炎上間違いナシ!?広隆寺弥勒菩薩像の骨折事件 - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
    mahal
    mahal 2013/09/06
    あったあった(笑)
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